優勢に潜む不穏の痣
それでも、狭い船内という条件下であればまだ戦い様がある。それに地の利は彼らにある。何処に何があり、有効活用が出来そうな物が何処にあるのかなど、長くこの船に乗り続けている彼らの方が、フィールドのギミックを知り尽くしていることだろう。
触手を縦横無尽に動き回す相手に対し、チン・シー軍の船員達は素早い身のこなしで、壁や天井の縁を掴み、巧みに触手による攻撃を躱していく。
初手は相手の動きに面くらい一方的に攻め込まれていたが、仲間の命を弄ぶその所業に、静かにその闘志を燃やし一矢報いてやろうと、高い士気を保っていた。
「遅いッ!ここは俺らの船だ、好き勝手はさせねぇぜッ!」
船員の一人が天井から飛び降り、手にした剣を力強く握ると鋭い一閃で女の触手の一本に標的を絞り、渾身の一撃を叩き込む。狭い船内で伸びた女の触手は、引き戻すのにやや苦戦しているようだった。その隙を見逃さなかったのは、流石は優勝候補に上がるチン・シー海賊団の船員であることを思い出させる。
ワンマンの組織ではなく船員一人一人のスペックも高くなっているのだろう。船員一人の技とは思えぬ程の一撃が、女の触手を両断する。切断された面からは血液らしきものは排出されず、ただ少しの透明な液体、水のような物が飛び散っただけで、派手な損傷とはならなかった。
「ッ・・・!ふん・・・不意打ちでなければ、それなりに抵抗出来るだけの力はあったようね・・・」
女は切断されたことに一瞬驚いた表情を見せたが、全く気にしていないような様子で船員の功績を、注いだお茶に茶柱が立ったくらいの小さな衝動程度にしか捉えておらず、鼻で笑い飛ばし微笑みさえ浮かべていた。
それだけ、触手を切断されることは女にとって然程気にすることではないということが伺える。つまりダメージがない。更には女の余裕から、触手の再生或いは変えが効くのではないかと予想できる。
だが、例えダメージが無くとも触手による攻撃を、一時的に封じることが出来るのであれば、本体に近づくことも出来るかもしれない。船員達は彼に続き、触手を躱しながら機会を伺い、隙を見つけては忌まわしき触手を卓越した剣捌きで両断して行く。
「押し始めている・・・!この調子なら、本体へ手が届くぞ!」
有効な手段を見つけ、士気の上がる船員とツクヨ達。しかし、女の慌てぬ静けさや、触手が切断せれていくのにも関係なく、依然同じ触手による攻撃を止めないことに、ツクヨは妙な雰囲気を感じていた。
本来であれば、自身のメイン武器が相手に通用しなくなり、次々に失われていく状況に陥れば、現状の戦い方を続けるなど結果は目に見えている。あれだけ人間との戦い方を熟知していた彼女が、ここで思考を止めたかのような戦い方をするだろうか。
その答えは、直ぐに彼らの身をもって表現されることとなる。切断された触手をお構いなしに振るい続けた結果、船員達の努力の末徐々にその射程範囲を縮め、本体である彼女に迫る勢いで短くなっていく。
「もう少しだ!もう少しで懐に入り込めるぞ!」
触手の切断のおかげで、細かな動きや器用なことが出来なくなり、彼らの仲間を投げつける卑劣な手段も取れなくなる。攻守共に優位になりつつあるチン・シー海賊団であったが、前線で戦う彼らに突然異変が起き始める。
「痛ッ!・・・何だ・・・?」
船員の一人が、自身の足首に走る小さな痛みに目をやると、そこには彼らが切断した触手の切れ端がまとわり付いていた。動き回った時に引っ付いたのだろうと、手にした剣で軽く払うと、僅かに血液らしき赤黒いものが視界に映る。
触手の切れ端が離れた自身の足首を見てみると、何かが噛み付いたかのような歯痕が残っていたのだ。
「・・・・・?」
何に噛み付かれたのかは分からない。それに身体にも別段異変はなかった。海で長らく生活していれば、足に何かが引っ付いたり、何かに噛まれることなど珍しい事ではない。それこそモンスターや鮫のようなものに噛まれたり、海月などに刺されなければ、彼らにとって然程気にかけるようなダメージではなかった。
そして、今はそれどころではない。漸く優勢に出てチャンスを掴み取ろうという瀬戸際で、身体に何の影響も出ていない小さなダメージに気を取られ、この勢いを失うことの方が問題だ。
船員の男は、構わず触手の女に立ち向かおうと駆け出し、距離を縮める。振り払うように迫る触手を躱そうと、男が身を屈める。しかし、足が縺れたように動かなくなり、駆けて来た勢いのまま床へ転んでしまう。
女はそれを、まるで症状の現れた実験用モルモットを見るように眺めると、切断され物を掴めなくなった触手で弾き飛ばし、こちらへ寄越して来た。
「ぐぅッ・・・!」
「どうした、大丈夫か?」
床を滑り、弾き飛ばされて来た男を別の船員が受け止め、彼の容態を伺う。すると、先ほど彼が触手の切れ端に引っ付かれていた、足首の部位から出血しているのを発見する。
「・・・?足をやられたのか?」
出血部位を確認するため、傷口付近の布を破こうと切り裂いて現れたのは、身の毛がよだつような不気味な痣が、男の足に浮き上がっていたのだ。
「なッ!何だこれはッ・・・!?」
男の足首には、無数の赤黒い染みのようなものが皮膚の下を蠢き回り、その場のみに止まらず脹脛や膝の方にまで広がっていた。見たこともないような症状に、痛みは無いのかと男の表情を伺う船員。
その目に最初に飛び込んできたのは、顔にまでその痣が浸食しているという不気味な光景だった。思わず尻餅をつき仰反る船員。痣はウネウネとその形を随時変え、身体の隅々まで浸食すると、男は血走った目を見開き、呻き声を上げながら苦しみだしたのだ。
「しッ・・・しっかりしろッ!何処が痛む。治療班ッ!直ぐに来てくれッ!」
男の身体を起こし必死に呼びかける船員を、痣に侵された男は錯乱したのか大きく突き飛ばすと、床に転がった武器を拾い上げ、味方へ襲いかかって来た。




