生殺与奪の怪異
突如霧より現れた自軍の船に、困惑を隠しきれない様子の彼らは思わず手を止めて言葉を失う。船はゆっくりと速力を緩め、互いの距離を縮めながら停止する。
「何故、お前達が霧の中から現れる・・・?」
「それはこちらの台詞だ。距離を保つように移動していた筈だが・・・」
彼らの船は海上で止まることなく、互いの距離を確認しながら付かず離れずの距離を保ち、チン・シーや主力となる船の周りを、旋回する様に動いていた。散開することなく移動していた為、離れた霧の中から彼らの船がやって来るなどあり得ないことだった。
「そ・・・そうか、ならば我々の船が先に行こう。その後で持ち場に戻ってくれ」
「了解・・・、操縦士に伝える」
一人の船員が船内に入って行くと、本船からの通信や船の操縦を行なっている部屋へ向かうことにした。その間にも、彼らの船を狙い火矢が次々に撃ち込まれていた。この様子だと、他の船にも同じような事態が起こっているのではないか。
船内は亡霊や火矢の襲撃で、ところどころ破損してしまっているようで、照明がチカチカと光り火花を散らしていた。廊下は薄暗く、照明の火花だけが唯一の明かりになっており、次の照明までの間が非常に暗く、明かりの点滅で目への負担が酷かった。
操縦室前までやって来た船員が、ドアノブを握り扉を開く。道中の不気味な雰囲気とは打って変わり、落ち着いた様子で作業をこなしている船員達に、少々驚かされたが、外で起きた様子を船を操縦する操縦士に伝えると、直ぐに承諾し船一台分の距離を開ける為、前後の船と通信を取る。
「ここは無事のようだな・・・」
「我々の命に等しい場所だからな。ここだけは死守してもらってる」
海上で船の操縦が出来なくなれば、それは陸で足を失うのも同然。周囲に何もなければ、それこそ死を覚悟しなければならない程の状態になってしまう。守りいを固めるのも当然といえるだろう。
必死に戦ったのだろうか、部屋の隅に倒れた船員の姿があった。用件も済んだので、ロロネー軍の襲撃を迎え撃つため甲板に戻る船員の男。扉を閉め、再び薄暗い廊下へと出る。
「やけに落ち着いた様子だったが・・・。こんな状況だ、冷静になってくれている方がこちらも安心して任せられるが・・・」
操縦室の雰囲気に違和感を感じながらも足を進める船員の前に、真っ暗で先の見えない廊下の奥に、何かの影が見えた。それはこの荒らしい戦果の中の船に居るには似つかわしくない身長をした人の影。
点滅する照明の火花で照らされたその影は、正しく人間の子供のような姿だった。それを見た船員の男は、一瞬思考が止まる。チン・シーの海賊団には確かに、フーファンのような子供もいるが、必ず集団行動をさせるため一人で居るのに違和感を感じていた。
こちらを向いて声を上げることもなく、ただじっとしているその子供に、船員の男は言葉を掛けながら近づいて行くことにした。
「どうした?部隊の仲間と逸れたのか?それとも襲撃で・・・」
徐々にそのシルエットは大きくなっていくと、その子供との距離が照明三つ分くらいにまで迫る。だが、彼を取り巻く怪奇はこれだけに止まることはなかった。彼の目に写っていた子供は、照明が切れるタイミングで突然その姿を消してしまったのだ。
自身の見間違いかと、数回強く瞬きをするがそこに子供の姿はない。足早に子供のいた場所へ向かうが、何かがあった痕跡もなければ、何かが動く音もしなかった。廊下の前方と後方を確認するが、やはり姿はない。
それどころか、彼は周囲の様子を見て、思わず息をすることを忘れてしまう。この廊下は一本道で、側面には子供が隠れられるような場所や隙間すらない。故に何処かへ消えてしまうなど有り得ないことだった。
更に彼を動揺させたのは、その廊下の長さだ。いくら照明が破損し、距離感が掴めないとはいえ、こんなにも前も後ろも突き当たりが見えないほどの距離な訳がなかった。子供の姿を追い、必ずどちら側かに寄っている筈。そう思っていた。
「な・・・何だ?距離が・・・」
そのまま子供のことも忘れ、甲板へ出るための階段へ向かって走り出す船員の男。しかし、進め進めど見えて来る景色は変わらず、狭い廊下に破損した照明が火花を散らして明かりを点滅させる光景が、永遠と続いているようだった。
「何でッ・・・!どうなっているんだッ!?」
息を切らしながら走る足は、次第に回転数を上げながら狭い廊下を駆け抜ける。だが遂に体力の限界を迎へ、徐々にその歩みを緩やかなものにして止まってしまった。
自身がどれだけ進んだか、確認するために後ろを振り返る。するとそこには、先程と同じように、暗い廊下の先に子供が立っていたのだ。最初はその子を助けるために近付いたが、今の彼にはその光景が恐怖を煽るものでしかなかった。
「うッ・・・ぁぁぁあああーーー!!」
疲労で重たくなる身体を必死に動かして、その子供とは逆の方へ悲鳴を上げながら全力で走り出した。数度に渡り、後ろを振り返る船員の男。子供の姿は徐々に小さくなっていっている。
恐怖の対象から離れられたという安心感が彼を迎えたと思ったその時、彼は壁にしては柔らかいものにぶつかり、尻もちをついて倒れた。ぶつけた部位を手で押さえながら、ぶつかったものへ視線を移すと、そこには子供が立っていた。
暗くて表情が確認出来ないが、髪型や体型から恐らく少年であると感じた。少年は何も言わず、ただそこに立ち尽くしていた。そして彼は、自身のぶつかった部位をさする行為に、突然疑問が湧いた。
今、自分が摩っているのは肩の辺り。子供とぶつかって肩に衝撃が走るだろうか。大粒の汗が額を流れる。ゆっくり顔を上げ、少年の表情に視線を送ると、薄らと見えたその口は耳の辺りまで口角を上げ、笑っていたのだ。
唖然とする船員が後退りしようと、後ろに手を置く。するとその手に彼は何か冷たいものを感じた。後退することも躊躇われ、ゆっくり後ろを振り返ると、そこには正面にいる少年と同じ姿形をしたもう一人の少年が、同じく笑みを浮かべて立っていた。
「ぁぁぁあ“あ”あ“ッ!!」
船員の男の悲鳴が、船内に響き渡る。その声は操縦室にまで聞こえて来たが、それを聞いた別の船員達は何事も無かったように作業を継続する。するとその姿は蜃気楼のようにぼやけて徐々に変わっていき、操縦室にいる全員が同じ少年の姿へと変貌した。




