押し寄せる不穏の元凶
彼女が抱いている疑義、それはグレイスが海賊になり世界を巡る中で得た情報、ロッシュが彼女の故郷に留まっていたことがあるというものだった。ロッシュ・ブライリアーノという貴族が、彼女の暗い記憶の中に居たと噂を聞き、確証はなかったが直感でグレイスは、王子やその子供の死に関係しているのではないかと疑いをかけたのだ。
「つまり、ロッシュがこの島に来るよう仕向けた・・・と?」
「あぁ、そうだ。・・・アンタがそんなに気にするってことは、何か良くない事態になっちまったかい?」
偶然とはいえ、目的の場所に指名したこの島が、まさかハオランの用事と被ってしまったことを気にしてグレイスから話を持ち出す。すると彼は腕を組み、顎に指を添えて何か考え事を始める。
「いえ、それならそれでかまわないのですが・・・、少し違和感を感じまして・・・」
「違和感・・・?そもそもアンタが会おうとしている人物っていうのは誰なんだい?」
ここで初めてグレイスがハオランの待ち人について尋ねる。彼が何故こんなところでレース中に誰かと会おうとしているのか、そしてその目的とはなんなのか。それに彼が単独で行っているというのも引っかかる点だ。ハオランはシュユーなどと同じく、チン・シーという海賊の一味であり、彼らの忠誠心は厚い。
そんな彼の口から出てきた人物の名前は、グレイスを更に混乱させるものになる。
「私はここで、“ロロネー”と会う筈でした・・・」
フランソワ・ロロネー、極めて残忍で悪名高い不気味な男。グラン・ヴァーグでハオランとロロネーは揉め事を起こしており、それをシン達が目撃したことで彼との繋がりが出来た。彼があの場で目立つ行動をとっていなけれなシン達は、ハオランは勿論のこと、グレイスやシュユー、フーファンとも会うことはなかった。
奇妙なことだが、ハオランとロロネーの遭遇はシン達の繋がりを広げるのに一役買っていたのだった。
「ロロネーだって・・・!?なんだってあんな奴とアンタが・・・」
「脅迫ですよ・・・。ここに来ないとあの方に手を出すと・・・」
だが、グレイスにとってそれこそ疑問だった。彼ほどの実力者であれば、チン・シーの大船団と協力し、返り討ちにすることも可能だろう。ロロネーのような悪党の呼び出しなど罠でない筈がないし、それを見抜けぬほどの者でもない。それならば何故彼はここに来たのだろうか。
「妙だな・・・そんなあからさまな罠、アンタなら見抜けぬ筈もあるまいよ。それにもし全面対決なんてことになろうとも、チン・シーの戦力にアンタが加われば、とてもじゃないがロロネーに分があるとは思えんがね・・・。何で誘いに乗ったんだい?」
「えぇ、勿論承知の上です。それにもしここで何かしようと私が阻止するつもりでした。ですが、彼は来なかった・・・。貴方が先ほど話してくれたように、戦力では我々に分があります。それなのに何故彼は、あの方にちょっかいを出すような真似が出来るのか・・・」
ハオランの言う通り、誰の目にも明らかな戦力差で劣勢の者が有利な者にちょっかい出せば、返り討ちにされるのが関の山だ。それなのにチン・シーに手を出そうというのは、余程の身の程知らずであるか、何か戦力差を覆せる策があるのか、ということになるだろう。
そしてロロネーという男は常軌を逸した狂人ではあるものの、向こう見ずに突っ込んでくるほど馬鹿な男ではない。
「つまり何かい?ロロネーの奴には何か考えがあると・・・?」
「はい・・・この場で私を叩く目的であれば、迎え撃つ覚悟は出来ていました。私が敗北しても、あの方の周りには信頼できる仲間がいます。彼らだけでもあの方を お守りすることは出来るでしょうし、そう信じています」
しかし、ロロネーがこの島に来ることはなかった。単純に怖気付いたなど、あの男に限ってあり得ないことであるのは、二人にも分かっている。それならば何故ハオランを呼び出したのか。考えられるのは、チン・シー海賊団の中でも取り分けその実力で名を馳せるハオランを引き剥がしたかったということだろう。
「だが奴は来なかった・・・。となると、アンタにチン・シーの側にいられちゃ困るってことかね」
「恐らくは・・・。ですが私には機動力のある新たな乗り物があります。分断されたところで、迎えないような距離ではありません。それに気になる点はもう一つ・・・」
ロロネーの目論見は、ハオランとチン・シーの分断である可能性は十分にある。だが、彼も話しにもあったことだが、多少距離を離したところでハオランは直ぐに駆けつけられるだけの“足”を持っている。ロロネーにとって、彼が急遽乗り物を変えたというのは誤算だったということなのだろうか。
「もう一つ・・・?」
「ロロネーとロッシュには繋がりがありました。恐らく彼の思惑は、私とあの方の分断、そしてロッシュに渡していたとされる移動ポータルで彼に援軍を頼み、挟撃するといったものであると私は考えています。我々の策は上手くいき、移動ポータルは挿げ替えられロッシュが彼の元へ転移することはなくなり、援軍は断たれた・・・。ですが、グレイスさんの一任で決めた、貴方以外誰も知らない筈の行き先であるこの島に私を呼び出したのは何故でしょう・・・。ただの偶然でしょうか・・・?」
そう言われてみればおかしい。グレイスが決めた転移場所を待ち合わせの場に指定してくるなど、それこそ彼女の考えが読めない限り出来るはずはない。ロロネーはロッシュが飛ばされる先を知っていたのだろうか。ならば何故対策を打たずに、グレイスの思惑通りことを運ばせたのか。
一つ疑問に思うことが出てくると、不自然なことが全てその疑問に結びついてしまっていく。島にあった変死体、突然転移させられ向かってこようとするロッシュの意思は、挑発されたことに対する報復か、それとも誰とも分からぬ者にも勝てるという絶対の自信か。
二人が直ぐに終わると思っていた会話が膨らみ時間を取られている間に、事態は急変する。再びグレイスの乗って来た船から無線が飛んでくる。
「せッ・・・船長ッ!敵船に援軍です!何とか持ち堪えてはいますが・・・長くは持ちそうにありませんッ!」
「援軍だってッ!?ロロネーの軍か!?」
立て続けにハオランの元にも、彼の想像通りシュユーからチン・シー襲撃の連絡が入る。
「ハオラン、我々が掴んだ情報の通りロロネーの船団が現れました!こちらに迎えますか?」
ロッシュと戦闘中のグレイス軍から敵船の援軍があった報告と、チン・シーの船団の前にロロネーが現れたという報告が一遍に入る。突然の事態の変化に、二人は驚きの表情で顔を見合わせる。ロッシュの援軍とはどこからのものなのか、そして想像通りに現れたロロネーの思惑とは。




