誘導と接触
扉を跨ぎ、一歩踏み込んだ瞬間にそれまで見えていたビル内部の光景が一変し、何処かの地下通路のような廊下へと変わった。呆気に取られる出雲は、そのまま自然とドアノブを握っていた手の力が緩み、ゆっくりと扉が閉まる。
すると、扉が閉まる音と同時に通路に明かりが灯り、コンクリートが打ちっぱなしになっている通路が照らし出される。その光景自体は出雲のいる現代においても未だ見かけるものだったが、それでも珍しいものに変わりはなかった。
後ろを振り返り、外にいた筈のローブの人物を確認する出雲だったが、彼の視界には閉められた扉しかなく、人が居るスペースもなかった。そして彼がもう一度正面を向いた時、いつの間にかローブの人物は通路の先を歩いていた。
何を言われた訳でもないが、出雲は黙ってその人物の背中を追い掛けた。道中、両脇の壁には幾つかの扉があったが、変なことをして命に関わる事態に陥るのも危惧し、大人しく物言わぬローブの人物の後ろに着く。
「おい、ここは何処なんだ?俺を何処へ連れて行こうとしている?」
《・・・・・》
「いつまで黙ってるつもりだ。このまま何処へ行くかも言わないのなら俺はもうッ・・・」
出雲がいい加減痺れを切らし、脅し文句の一つや二つを言ってやろうとしていたところで、突如それを遮るようにローブの人物は足を止めた。直ぐ後ろを歩いていた出雲は、突然足を止めたローブの人物にぶつかりそうになる。
《目的地に到着。ナビゲーションを終了します》
するとローブの人物は、通路の右側にある扉の前に立ち、胸の辺りに現れたホログラムのモニターに何かしらのコマンドを入力する。その直後、それまで何の変哲もない扉がまるで蜃気楼のように歪み始め、目に見えていた扉は円形の厳重そうなロックが掛けられた扉へと変わる。
しかしそのロックは、先程ローブの人物が入力したコマンドにより小気味良くピタゴラ装置のように解除されていく。ロック解除を待つ時間が退屈にならない面白い仕掛けになっているようだが、果たしてこれを作る意味があったのかと疑問を抱く出雲。
ロックの解除が完了すると自動で扉が開き、今度はローブの人物が先に中へと入って行った。それを追うように後を追う出雲は、そこで同じく黒いローブを着た一人の老人と対面する。
「お疲れ様でした、“輝阿”さん」
「任務が与えられれば遂行する。それだけの事です」
ローブの人物は扉の先にあった部屋に辿り着くや否や、それまでの機械音声のようなフィルターを解除し、漸く人らしい声で話し始めた。老人に“輝阿”と呼ばれた人物がフードを外すと、そのフードの何処に隠れていたのかと言わんばかりの、美しい白銀の長い髪が姿を現した。
その髪からも大凡予想はついていたが、ローブの人物が女であると分かったのはその機械音声を解除した肉声を聞いた事によるところが大きい。だがそれでも、彼女特有の喋り方のせいか感情の籠っていない機械のようであるという印象は変わらなかった。
「相変わらずですね。もう少し人に興味を持たれては如何ですか?」
「他に指示がなければ、有事に備え休息に入らせて貰います」
すると彼女は、老人の回答を聞く前に移動を始め、別の部屋に通じる自動開閉式のドアを通って何処かへと行ってしまった。
「話は済んだか?出来れば今度は、俺と話をしてもらいたいのだが・・・」
「おぉ、そうでしたな。自己紹介が遅れました。私は“オッド”と申します」
「オッドさんですか。俺はッ・・・」
出雲が名前を名乗ろうとすると、オッドはそれを遮るように口を開いた。
「出雲さん、ですよね?出雲明庵さん」
「まぁそうなるわな。俺を連れて来たって事は、事前調査済みって訳だ」
オッドは話が分かるようで助かるといった笑みを浮かべて頷いた。出雲は自身が連れて来られた理由を問う。何故他のサイバーエージェントではなく自分なのか。警察では何か都合でもわるいのかと。
するとオッドは、彼がWoFのユーザーではないのにも関わらず、この世界に起きている異変を目撃出来ている事実に興味があると語った。そしてそれを可能にしている出雲のドローンにも興味を示していた。
「私にお話し出来る事があれば何でもお答えします。その代わり、貴方のドローンの解析と私達への協力をお願いしたいと思っております。あぁ、勿論断ったからといって何かする訳でもないので安心して下さい」
言葉と声色とは裏腹に、オッドの出雲へ向ける笑顔は何処か不気味さを感じるものだった。とはいえ、オッドの申し出は出雲にとっても有益な情報となる事は間違いない。
これといった手掛かりが得られぬ時に舞い降りたチャンス。都合が良いようだが、既に出雲の情報が調べられている以上、どの道手ぶらでは帰れない。折角招待されたのだから、ゆっくりオッドの話を聞いていこうと出雲はオッドの申し出を受け入れた。




