内の協力者、外の協力者
二人はエレベーターに乗ると、先程被疑者と話していた件について話を始めた。彼らが捕えたのは、以前から追っていたハッカー集団pickerのリーダーと言われていた人物だった。
名前を“伊武雅紀”と言い、彼は時折人成らざる動きで街中を移動したという噂があった。聞けば馬鹿馬鹿しい話なのだが、この世界に目に見えぬ何かが潜んでいると確信している出雲は、その話を単なる噂話には思っていなかった。
逮捕に至って経緯は別件であったが、噂が気になっていた出雲は警察に無理を言って事情聴取という程で話を聞いていたのだが、伊武は黙秘を続け聴取の時間の間際に、まるで別人が乗り移ったかのような声で出雲にメッセージを残した。
「それで?その路地裏とやらに何があるとお思いですか?本当に誰かが来ると?」
「布石は撒いてきたつもりだ。興味を持った者が俺に接触を求めて来るような・・・。闇討ちじゃないという事は、何かしら取引でもしたいんだろう」
出雲はこれまでも、異変に関する調査を進めていた。それはシンとの出会いがより彼の好奇心や目的に対する執着心を強めた事が大きいようだ。
これまで不確かであり、自分自身でも雲を掴むような出来事を追っているのは重々承知の上だった。しかし、そんな疑心暗鬼になる彼の前に現れたのは、現実の世界には無い空間と、そこで活動する謎の人物達の存在だった。
出雲は自分がおかしくなったのではない事を再確認し、自信を持って異変を追いかける事が出来るようになっていた。その行動は同僚からは奇行と言われるようなものだったが、異変について知る者であれば、出雲が何かを見ている事が分かるような内容になっている。
敵か味方か、それを知った者は必ず接触して来る。そう思った出雲は訪れた各地でその奇行を繰り返し、“餌”を撒いていたのだ。
そして今回遂に、伊武がその餌に食いついたというのが、今回の一件の裏に隠された出雲の計画だった。
「何故そのような危険な事をッ・・・!殺されてしまうかも知れないんですよ!?」
「承知の上だ。幸い俺は元からおかしいと思われていたからな。動きやすかったよ」
「そうじゃなくて、もっとスマートなやり方もあった筈です」
「ただ待っているだけでは事態は好転しない。リスクの無い調査では、この世界の異変には辿り着けない。君は引き続き、周りから怪しまれない離れたところから俺を援護してくれればいい」
エレベーターが目的の階層に到着し扉が開くと、二人だけの緊迫した空間を外界と繋げ、雑踏が現実へと引き戻す心地のいいBGMとなって、足早に外へと向かう二人を包み込む。
「天羽、またそいつのお守りか?折角優秀なのに勿体無い」
声を掛けてきたのは、出雲や天羽と同じサイバーエージェントの同僚だった。彼らは同じ部署が故に、他の者達よりも深く出雲奇行を知っている。
「はぁ・・・ですから出雲さんは・・・」
天羽がふと出雲の方を見ると、彼は既に人混みに紛れて何処かへと消えて行ってしまった。
「もうッ!」
仕方がなく彼女は、同僚達が向かうエレベーターの方へと向かい戻る事にした。出雲が何処へ向かうのかは聞いているが、彼の言う援護の事を考えると、着いていくよりも職場から周りの状況や接触に来る人数などの状況を伝える方が、元々サポート寄りの仕事が優秀な天羽には適していた。
一人でビルから出て来た出雲は、風に靡くコートのポケットに手を突っ込みながら、伊武に言われた場所に向かう前に彼の扱っているドローンを整備・改造してくれている男のところへ向かう。
その男もまた、出雲に命を救われた元ハッカー集団の一員だった諜報部員。彼のハッキング能力と機材の改造の才能を買い、捜査の手伝いや異変を目にする為のガジェットを作らせたりしていた。
「預けてたモンは直ったか?」
「出雲さん、すみません今オーナーを呼んできます!」
手を軽く上げて返事をした出雲は、店の一番奥の席で従業員が使っている部屋から一番近い席に腰掛ける。店の常連に関しては出雲がオーナーの恩人である事を知っている。何も知らない連れと来ていた常連達の声が僅かに聞こえて来る。
「何スか?あれ・・・」
「馬鹿、あんまし見んなって。お前もパクられんぞ」
「え?あいつサツなんですか?」
「ちげぇけど、おんなじようなモンだ。オーナーの恩人らしいから目ぇつけられるような事はすんなよ」
何人かの客は、その浮いた服装に睨みを利かせたような視線を送っている。しかし出雲は、そんなものなど知らんといった様子で、テーブルに置かれた新聞を手に取り目を通していた。
“東京イーストシティにて、またも事件の日の記憶を失った怪我人が現れる。当日の現場付近に倒れていた男性は、その時の記憶がなくいつの間に全身に刃物で切られたような痛々しい傷を負っていたようだと・・・”
記事を見て渋い顔をする出雲元に、従業員口から出て来た先程の定員とオーナーが姿を現す。オーナーはスタッフに仕事に戻れと指示を出すと、出雲座る席の正面の椅子に腰を下ろした。
「例の物は直ったか?」
「直ったかって?来んのが遅いっての。遅過ぎて新しい機能が付いちまったぜ?」
「新しい機能?」
オーナーの男は出雲に耳を貸せといったジェスチャーを取ると、耳元で最近起きている事件の関係するとある機能について、ざっくりと説明を始めた。
これまでの出雲が使っていたドローンには、異変に関する現象を映し出す特別なレンズが用いられていたが、今度のレンズには人が纏っているキャラクターの姿までもが映し出されるのだと言う。
つまり、神奈川の一件でイルが行っていたような、一般人の身体に自身を投影して乗っ取った姿が分かるのだという。これまで突如姿を消していた一般人達は、恐らくフィアーズの技術力により異世界からやって来たイーラ・ノマドが、謂わばこの世界に受肉する事によって様々な事が行えるようになっていた。
一般人にも見えるように実体化するか否かは、彼ら側で切り替えが可能なのだろうとオーナーの男は言う。何故彼がそんな情報を得ているのか。それは彼が昔のハッカー仲間達から聞いた話や集めた情報から、そういった存在のことを理解しているのだと思われる。
彼にも守秘しなければならない事があるようで、出雲も深くは追求しない。彼は出雲が恩人であるが故と、自らの好奇心で危ない橋を渡っている。彼が出雲に色々と喋ったとなれば、間違いなく彼は消されてしまうだろう。
貴重な情報源と協力者を一辺に失う訳にはいかない為、出雲も彼と会う時や物を受け取る時は慎重になる。




