もう一つの世界の動き
彼女から母親の所在を聞かされた時、シンの脳裏には荒らされたアサシンギルドのアジトが思い浮かんだ。謎の襲撃者に最初のアジトが襲われたのは東京のセントラルシティだった。
最も多くの人と情報が集まる都心部を最初に調べ、その機能を停止させるのは混乱を招くという点では効果的だった。実際にシンが最初に異変を目にしたのは東京。
今にして思えば、あの時襲われていたのはWoFのユーザーであった事が分かる。神奈川の件でもそうだったが、一般人には異世界からやって来た者達を目にする事は出来ず、彼らの引き起こした大きな事件や騒動は事故として処理されている。
見えないからといって無害という訳ではないのだ。もしミアの母親がその事件や騒動に巻き込まれれば、きっと人為的な事故として処理されるに違いない。
世間がこの件で騒いでいないのも気になる所だが、それでも一人だけ異変について気付き始めている人物をシンは知っている。
それはサイバーエージェントなる組織に属している変わり者のエージェント、“出雲明庵”であれば一般人の保護を任せられるかも知れない。
以前に接触した事のあるシンだが、彼との連絡の手段はない。恐らく東京を中心に活動しているであろう事は予想できるが、今危険を抱えているアサシンギルドに任せる事も出来ない。
「東京・・・それはちょっと心配だな」
「今となっては連絡もつかないだろう。娘の名前どころか自分の事さえきっと忘れ始めてる・・・。現実を捨てるつもりでこっちに来た筈なのに、まだ私は未練を残してる」
全てを捨て切れるほどミアも、現実に対し非情になりきれていなかったようだ。唯一の肉親であり最後の繋がりである母の様子が、ミアの心の中で迷いを生み始める。
東京セントラルシティ某所、サイバーエージェントが保有する取調室にて、外の騒動とは打って変わり、その場にいる人間の呼吸音すら耳に届くほどの静寂がそこにはあった。
部屋の中にいるのは、現実世界に起きる異変を追う変わり者のエージェントである出雲と、机を挟んで向こう側で身体を厳重に拘束された人物の二人だけ。そしてその様子を、別室にてカメラを通して見つめる女性が一人だけ居る。
拘束具に身を包まれた人物は、出雲の前でもお構いなしに目を閉じて眠るように沈黙を貫いている。出雲も出雲で、全く動きのない現状に諦めているのか、机に肘をつき相手の人物をただ眺めているだけだった。
「はぁ・・・もう直ぐ取り調べの時間が終わっちゃう。警察に引き渡しても、これじゃきっと証拠不十分で釈放されてしまうわ。全くッ!何を考えてるのかしら明庵さん」
別室のモニターの前で苛立ちを露わにするのは、出雲の部下で警察側からサイバーエージェントとなった“天羽雫”という女性エージェントだった。
すると一人のスーツ姿の男が天羽のいる別室の戸を叩き中へとやって来た。
「天羽さん、残り五分で聴取の時間は終わりです」
「分かっています」
「警察の方がお見えです。早めの支度をお願いします」
女は何も答えぬまま男が部屋を去るのを背中で見送った。戸が閉まる音がすると、大きなため息と共に項垂れる天羽。少し気を抜いた直後、彼女は男に言われた通り捕えた人物を警察に引き渡す為の準備を始めた。
「明庵さん、時間です。拘束具はそのままに被疑者を一番出口の方へお願いします」
「了解。ほら、次は警察だとよ・・・」
「・・・・・」
出雲はその人物の腕を引き上げ立ち上がらせると、無理矢理引っ張って行くように部屋の外へと向かう。するとその道中、部屋を出て別室からの監視の目が途絶えた通路で、拘束具に包まれた人物が出雲にしか聞こえない声で小さく呟いた。
「先日起きたバラバラ殺人事件。そこから南南東にある雑居ビルの路地裏に来い・・・」
「・・・・・」
出雲は周りに怪しまれる事なく、男の声だけを聞き表情一つ変える事なく、そのまま天羽に言われた通り一番出口の扉の前までやって来る。男が出雲に声を掛けた短い通路は、監視カメラの僅かな死角になっていた。
扉の前は監視カメラにより厳重にチェックされており、扉も内側と外側からそれぞれ操作を行わなければ開かない設計になっており、出雲と天羽がそれぞれパネルにコードを入力すると、サイバーエージェントである事を証明する為、顔認証と網膜認証が行われ扉が開く。
「お疲れ様でした、出雲さん。満足のいく証言は聞けましたかな?」
「いえ全く・・・。最近の奴らは仲間意識だけは立派なようで、なかなか口を割らなくて困ります」
「それはそれは。後は我々にお任せ下さい」
「お時間を頂き、感謝します」
被疑者を連れて行く警察の者達にお辞儀をして見送る出雲と天羽。だが天羽は出雲と警察の偉そうな男の会話を聞いて不服そうな表情を浮かべていた。
「ホント嫌味なんですから!私、あの人嫌いです!」
「好き嫌いで一々感情を浪費していては保たないぞ」
「でもッ・・・」
「頭を下げ、謙って済むのであればいくらでも下げてやる。俺は自分の目的さえ果たせればそれ以外は何とも思わん」
強気に言い放つ出雲だったが、天羽には彼がそんなに無感情な人ではない事がよく分かっていた。困った上司だとため息を吐くと、先に歩みを進める出雲の後を小走りで追い掛ける。
「何か分かったんですね?」
「あぁ。この間都内の路地裏で殺人事件があっただろ。バラバラされてた酷いやつ」
「えぇ・・・直接は見てませんが報告書で。現場写真や文章だけで吐きそうになりましたよ・・・」
「そっから南南東の路地裏で、誰かが会いたいそうだ」
普段、同じ職場の同士達にも異変に関する事件については話もしない出雲が、自分にはその情報を話してくれる。天羽は出雲からの信頼を感じていた。故に彼の足手纏いには絶対になれない。
出雲ができない事を自分がやる。恐らく今回の件も、出雲が天羽に話したという事は、彼女の手助けが必要になるかも知れないと踏んでの事だろう。人付き合いの悪い出雲にとっても天羽は今や、必要不可欠となっていた。




