今此処に在る事への感謝
集中力を高めているのか力を溜め込んでいるのか、体勢を低くし腰に携えた草薙剣に手を添えるツクヨは、抜刀術の構えを取り周囲に生命エネルギーを禍々しいオーラへと変換させたものが、その勢いを増していく。
「ここに居ては俺達も巻き込まれ兼ねない・・・。ライノ!カガリを連れてこっちへ!」
「またアレをやるつもりか!?」
「そんな事を言ってる場合かッ!早くこっちへ来るんだ!」
想定していた事態とは雲行きが変わってきた事に焦りの様子を見せるミネ。ただならぬ雰囲気はライノも感じていた。まだ会って間もないツクヨの変貌の振り幅に困惑しつつも、ツクヨの中に感じる殺意にも似た悍ましさを警戒しながら、気を失い倒れているカガリを抱えてミネの元へと走る。
その間にもモンスター達が足場へと登ってくる。そして互いを味方とも認識していない様子の彼らは、手当たり次第動く者を襲い始める。殺伐とした光景が広がる中、一匹のモンスターがツクヨの気配に誘われて襲い掛かる。
背丈が三から四メートルはあろうかと言う、割と小型の部類で人型のように二足歩行をするモンスターが、道すがら倒れている別のモンスターの死体を掴み上げツクヨへと投げ飛ばしたのだ。
彼の纏う異様な雰囲気に警戒したのか、そのモンスターも警戒心を高め自ら飛び込んで行く事はせず、飛び道具を使って様子を見たのだろう。そしてその判断は正しかった。
モンスターが投げて寄越した別のモンスターの死体は、ツクヨの周りに渦巻く禍々しいオーラに触れると、乱雑に切り刻まれそこら中にその肉片が飛び散っていった。
圧倒的な力の差に足を止めるモンスターだったが、そこまで知能のなかった別のモンスターがツクヨを前に立ち止まるモンスターに襲い掛かり、両者は縺れながらツクヨの纏うオーラの領域へと足を踏み入れてしまう。
その瞬間、モンスター達の視界は真っ二つに引き裂かれ、ゆっくりと塵へと変わる。全身をバラバラに引き裂かれ、それと同時にモンスター達の肉体に宿っていた生命エネルギーを食い尽くした草薙剣は、更にその刀身に宿る黒い炎を燃え上がらせた。
その後も数体のモンスター達が、何も知らずにツクヨへと近付いては火に薪を焚べるように生命エネルギーを供給し、彼の足元の地面までも削り始めた。だがツクヨの体勢は益々力強くなり、上半身を絞り上げるように捻る。
一行のいる足場の端へとやって来たミネ達は、ツクヨの様子を見ながら別の足場へと避難する準備を進めていた。上に避難するべきか下へ避難するべきか、どちらもメリットデメリットがそれぞれある選択だった。
上へ上がるのは容易で、ミネの力をある程度温存しながら安全に避難する事は出来る。だが出口からは遠ざかり、例えツクヨが山の神の体内に切れ込みを開けたとしても、ミネがライノとカガリ二人分の重さを抱えたまま、その位置まで移動出来なければならない。
下へ降るのは困難で、ミネの力に頼るところが大きく安全に別の足場に移れるかどうかもやや不安定ではある。だがこちらの選択は出口に近付くだけでなく、ツクヨが外へ続く切れ込みをを開けたのなら、ミネの力を借りずともその位置まで移動する事が可能となる。
自身の身を顧みず、後々の事を考えるミネには既にどちらを選択するのかは決まっていた。何も難しい決断ではない。だがそれはあくまでミネの場合の話であり、ライノはまだミネが救われる未来を模索していた。
「ライノ、カガリから手を離すなよ」
「迷わないんだな・・・。それだけお前の決意は固いということか?カガリとちゃんとした別れを告げずに、何の後悔もないと?」
恐らくこれが最期になるであろう事は、ミネもライノも分かっていた。故に微塵も後悔が無いのか、ライノは確かめたかったのだ。その上で彼の決断を聞き入れ、彼の為に自分が出来る最善の未来の為、カガリに伝えるべき事、託すべきものは無いかを本人に問う。
するとミネは、もう一度自分の中で気持ちの整理をする。後悔は無いのかと問われ、全く無いと言えば嘘になる。しかし自分以外に皆が助かるかも知れない選択以上に欲張れば、全てを失う事になる。
もう助かる見込みの無い自分が、唯一利用出来る山の神の力を利用して最善を尽くす。それが今のミネに残された唯一の手段であり、山のヌシとしての運命に振り回された者の最期の抵抗でもあった。
「そうだな・・・。最後の調査隊がカガリだけになれば、きっとコイツは俺の意志を継ぎたがるだろう。だがカガリには、自分自身で選んだ未来を生きて欲しいというのが俺の最期の願いだ。だから、コイツのやりたいようにさせてやってくれないか?」
「ふっ、なるほどな。それで俺がギルドの隊長になるよう仕向けたのか?いつかこうなる事が分かっていて・・・」
「流石に山のヌシでも、そこまで先のことは分からないさ。でも・・・お前が居てくれて良かった。これは何者でもなく、紛れもない俺自身の本心だ。この道を選んでくれて、ありがとう」
長年姿を消していたミネと再会出来ただけでなく、思いもよらぬ感謝の言葉に、ライノの心はまるで永い間縛られていた呪縛から解放されたかのように安らぎ、本人も意識しないうちにその目を潤していた。
「何を急に・・・。俺はただ俺のしたいようにしただけだよ」
「それでも、今ここにお前がいるという状況が俺を救ったとも言える。・・・いや、救うのはこれからだな、お互い」
ツクヨの斬撃に巻き込まれぬよう、下の足場へ移動する覚悟を決めたミネは、健やかな表情でライノに手を差し伸べる。カガリを背負いミネの手を取るライノ。
そして三人は、ミネの自身の与えられたひと時の肉体を重くする能力を発動し、下の足場へと飛び降りて行く。




