自身の想いの為に
期待とは、時に人を追い込み壊してしまう事がある。
その大半は期待に応えられなかった時に起こる。期待していた者達は他者に自分の思いを押し付け、それが叶わなかった時、掌を返して対象の人物を完膚なきまでに叩き潰す。
偽りの大義名分を掲げ、同志を集い、自分達が正義で期待に応えられなかった者をまるで悪のように批難する。本来、他者の大舞台である事柄に勝手な期待を抱き、野次馬のように命と精神を燃やして戦う人間を見せ物にする。
これは年を重ねれば重ねるほど、悪質で永遠に引き剥がせないレッテルとして、本来英雄になり得たかも知れない人物に大きな足枷を付ける。その権利が誰にでもあると錯覚し、勝手に失望して新たな英雄を祭り上げる。
それを次の、娯楽を満たす肴として・・・。
期待に応えなければと焦り、周りが見えなくなっていたツクヨの名前を呼び続ける声がする。何度目かの呼び掛けと、腕を揺らす感覚がツクヨの視界に掛かっていた負の領域を振り払う。
「ツクヨ・・・ツクヨッ!」
「ッ・・・!?」
「いいか?よく聞くんだ。現状を脱するには、お前がその刀の真価を発揮させる事が必要不可欠だ。だからお前に俺達の命運が掛かっていると言ってもいい」
「それはッ・・・」
正しく今、ツクヨには三人の命が掛かっている。何故今ミネがそんな分かりきったことをツクヨに言ったのか。ただでさえプレッシャーに押し潰されそうになっていた彼にとって、現実を突きつけるような残酷なものだった。
「俺達には現状を打開する術はない・・・。だからお前に頼るしかない。思い通りにいっていないのは、俺達にも見ればわかる。だからこそ、例え思いが届かずとも俺達はお前を責めたりはしない」
「・・・・・」
誰しも、祭り上げられた者に近しい人々は同じ事を言う。失敗しても大丈夫・・・誰も貴方を責めない・・・。
だがそんなものは全て嘘である。気休めの言葉、本来のパフォーマンスを発揮させる為の偽り、所詮は他人事で誰も周りからの呪いの言葉から助けてはくれない。壊れていくのはいつも、祭り上げられた当人自身しかいない。
「山の神に取り込まれつつある俺は、常に神の目によって監視されている。故に嘘偽りをこの世に残すことは出来ない」
「山の神の力・・・」
出会った時は、どこにでも居るような普通の人間だったミネ。その彼が目の前で見せた人智を超えた異常な力。それは唯一ツクヨが、自分の目で確認した紛れもない真実。
「お前がどんな環境で生きて来たかは知らないが、今俺は自分を飲み込まんとする山の神に誓う。“俺は決してお前に失望しない”と。そしてもし思いが届かなかったその時は、神の力を借りて俺達の負の感情を全て消し去ると」
気休めの言葉だったのかも知れないが、ミネの神技を実際に目の当たりにしたツクヨは、どこか彼の言葉なら信じてもいいような気持ちになれた。
「死んだらどの道、全部消えちゃうじゃないですか」
「ふふっ、それもそうだな」
ツクヨの皮肉の言葉に思わず笑みを浮かべる二人。周りではまるで精神が研ぎ澄まされたように、全てのものがゆっくりと動いているようだった。
迫り来るモンスターをライノが一人で退けていく。足場の周りには上空へと吸い上げられていく瓦礫や、地面ごと引き抜かれた大木達が飛んで行く。死者の魂のように、人魂のような光脈の精気と思われる光の塊が幾つも飛んで行く光景が、まるで夏の夜空に打ち上がる花火のようだった。
「だからお前は“自分の為に戦え”、“自分の想いの為に戦え”。お前の中にある揺るがないものはなんだ?それを叶える為だけに力を注げッ!」
「私の・・・”俺“の中にある揺るがないもの・・・」
その瞬間、ツクヨの中にあった負の感情が消えた。そして彼の中に見えてきたもの、それは”家族“だった。
何としても最愛の妻と愛娘を探し出してみせる。二人のいない世界に、自分の帰る場所など無い。この世界にやって来てから、いやそれ以前からもツクヨの中にある何よりも強く大きな原動力となっていたもの。
どんなに辛く苦しい事が起ころうと、どんなに犠牲を払おうと必ずや生きてその願いを叶える為に。
二人への想いがツクヨの中に眠る、もう一つのクラスを呼び覚ます。
「待っていてくれ・・・。必ず二人を・・・探し出して、みせるからッ・・・!!」
「何だッ!?急にツクヨの気配がッ・・・!」
様々な事に分散していたツクヨの思いが、今一つの目的の為だけに集約する。他には何も要らない。何物をも顧みない強烈な彼の想いは、手にした刀の生命エネルギーをまるで吸収するかのように身に纏っていく。
「マズイッ!とんでもない気配が現れッ・・・え!?彼に何がッ・・・」
戦闘に夢中になっていたライノが、突如現れた禍々しい気配に驚き、ミネとツクヨに知らせようと振り返る。だがその気配を発していたのは、共に脱出を試みる仲間であるツクヨだった。
「わッ分からない・・・。だが刀の力を身に宿している。これなら・・・」
「そんな事言ってる場合かッ!?本当に彼は仲間なのか!?何だこの“邪悪”な気配はッ・・・!」
それまでライノには見えなかった、草薙剣が喰らっていた黒い炎のように燃える生命エネルギー。それがツクヨの身体の周りを渦を巻くように漂い始め、異様な気配を周囲に放っていた。
ツクヨの放つ恐ろしく禍々しい気配は、外に居た黒衣の男の元にも届いていた。魔力で作り出した四つの巨大な刀の装置。それを上空へと引き上がる白蛇の中に感じる、ツクヨの気配がある場所へと向ける。
「おいおい・・・まさかこれ程とはな。こりゃぁ俺も消し飛んじまうかもな」
それまで目標を見定めていた黒衣の男のフードから、大粒の汗が零れ落ちる。何かを白蛇の中に探していた様子の黒衣の男だったが、蓋を開けてみたら想定を超える化け物が現れたかのように、周囲の大気を震わせるほどの緊張感が彼の周りを取り囲んでいた。




