数多の遣いと全てを断ち切る刀
ただそれは、魂の記憶として入れているだけで身体を動かしたり、本体である山のヌシの子供の意思に関与したりは出来なかった。要はその子供の視点で見ている事しか出来ないのだ。
何の為にミネが山のヌシの子供の中に入ったのか。何故そんな事をする必要があったのか。それは後に“ミネ”という存在を作り出す要因になったとも言える。
それが明かされ始めたのは、山のヌシとなった夫妻の子供が村人達によって、当時の神饌の儀式が行われた後の事になる。
山のヌシに選ばれるのは、現代で言うところの回帰の山周辺に住む生命体の中からランダムで選出される。或いは何らかの指標があって山の神が選んでいるのかも知れないが、それは今む昔も人々に分かる事ではなかった。
選出には年齢や性別も関係なく、野生の魔物や動物が選出されない時、つまり人間や人間が面倒を見ている動物や一部の魔物が選出された場合、山からの呼び出しがあるまでは丁重に扱われるようになっていた。
山からの呼び出しと言うのは、現代で言うところの光脈に精気が山の麓に降りて来ているという状況だ。当時の人々の中にも、山から不思議な力を感じる者達というのが多く存在しており、彼らが山からの何らかの力を受け取った時、山のヌシとして選出された生物を山頂の祭壇へと捧げに行くというのが、彼らの神饌だった。
現代と然程相違は無いのだが、当時はそのまま山に残り続けると神隠しに遭うとされ、捧げ物を置いて来たら直ぐに山を下るのが、神への礼節とされていた。
と、いうのも神に選ばれなかった生物が神の食事を目にする事は許されないものだと言い伝えられている。これは山でも海でも、この世にあるありとあらゆる神々にも言えるものであったのだとか。
山のヌシとなった夫妻の子供は、村人達によって山の山頂で神の生贄として捧げられた。そして儀式の邪魔をしないよう、村に取り残され幽閉されていた夫妻は、後に解放される事になるのだが、村から我が子とミネが消えた事からも、今まで通り村で過ごす事など出来ず何処かへと姿を消してしまったのだそうだ。
山に入り魔物に食われたという話もあれば、遠く離れた土地へ移住したという話もあるが、どれも噂話に過ぎない不確かなもので真相は誰にも知る由もない。
一方、山の神の生贄にされた夫妻に子供だったが、彼は直ぐに喰われる事はなかったのだ。というのも、まだ幼い子供という事もあり、現代のミネのように光脈の精気を使って様々な生物を山に集めるような力がなかったからだ。
こう言ってことは、人々の伝承に残っていないだけで、山のヌシとしての適性を見出された者がまだ山のヌシとして未熟であった場合、本当の意味での神饌の儀式は先延ばしにされる事もしばしばあったようだ。
それを証明するように、子供の両親は山のヌシの力を受けて回帰の山へと入り、光脈の精気に当てられ正気を失ってしまっていたのだ。これは当時のミネの魂を自身の肉体という器に取り込んだ事とも繋がっていた。
無意識下ではあったのだろうが、山のヌシとなった夫妻の子供は、消え行くミネの命を悟り、その力で彼の魂を自身の元へと引き寄せていたのだ。結果、ミネは山のヌシとなった子供と同化し、視界と記憶を共有する事となった。
そして儀式が行われた後、夫妻が山へ招かれたのもその子供が光脈の精気を使い夫妻を自分の元へと呼んでいたのだった。子供故の孤独に対する感情。それが一人は寂しいと、兄であるミネの魂を呼び寄せ、両親である夫妻の温もりを求めて誘ってしまった。
皮肉な事に、それが両親の直接的な死因となってしまい、ミネという存在を生み出す原因を作ってしまった行為になってしまったのだ。
「そうか・・・“ミネ”という存在は“俺”意外にもいたのか・・・」
現代のミネ、現在ツクヨやライノらと共に山の神に飲まれてしまった彼は、記憶に無いはずの記憶を辿る中で、遥か昔にもミネと呼ばれた存在がいたという結論に至る。
何故そのような結論に至ったのか。それはこれまで見て来た、まだ回帰の山がそう呼ばれる前、ハインドの街がただの村であった頃の大昔の記憶の中に答えはあった。
ミネが知らない遺伝子レベルでの記憶、魂に刻まれた記憶の中に登場した自分ではないミネという人物。彼こそが回帰の山において山の神と密接な存在として生まれるきっかけとなった人物だったのだ。
それというのも、彼が山のヌシとなった子供の影響によって、魂だけの存在になり一つの器の中で同化していたという奇妙な状態が出来上がってしまった事が原因だと思われる。
山の神の遣いとして人智を超えた能力や性質を付与されていた存在との同化で、ミネの魂もまた山のヌシとしての性質を一部付与されてしまったと考えられる。
原初のミネの記憶と思われる、山のヌシと同化したミネが最期に見た記憶。それは現在と同じく、濃霧の中で上空から降って来た大穴に飲み込まれる記憶だった。
その瞬間、この先何十年、何百年と転生を繰り返し別のミネとして、様々な形で山のヌシとなった数多くのミネ達の記憶が走馬灯のように駆け巡る。その中には、最期の瞬間に感謝される事もあれば、憎悪の言葉を浴びせられる記憶もあった。
目まぐるしく切り替わっていく様々な記憶の中で、何度か神饌の儀式を逃れたものもあった。そんな山の神の思惑から逃れた記憶の中で、特に彼の目を引いたもの。
それは刀を携えた黒いローブを羽織った男に、何か言付けを受けている記憶だった。そこに何か脱出のヒントがあるのではないかと、当時のミネと黒衣の男の会話に耳を傾ける。
「いずれコレと同じ物を携えた人間が現れる。それが本当に人間かどうかは分からないが、この記憶がきっと君達の役に立つ時が来る。その時は彼に力を貸してやってくれ・・・」
そう言って黒衣の男は、腰の刀に手を添えると真っ暗な洞窟のような場所で、黒い禍々しい魔力で作り上げた巨大な刀を作り出す。そして目にも止まらぬ閃光のような抜刀術を披露すると、洞窟に切れ込みが入り外からの光が差し込んでくる。
「その時はきっと、君もこの運命の輪廻から解き放たれるやも知れない。それが君にとって幸福なものかは、私にも分からないがね」
「まっ待ってくれ!俺は一体何を待てばいいんだ!?」
その時のミネにも黒衣の男が言うものが何なのか分かっていないようだ。だがこれは今のミネにとっても好都合であり、まさに今知りたい情報でもあった。
この時黒衣の男が言っていた物が、今の山の神に飲まれた一行を救う唯一にして無二の能力を持つ特別な代物だった。
「十握剣・・・その一振りとも言われている“草薙剣”を持つ者。その性質は扱う者によって様々な能力を発揮すると言われているが、私の知る限り草薙剣は斬る者の生命力を喰らい切れ味を増すようだ」
「生命力を・・・喰らう?」
黒衣の男の言葉に、当時のミネは何かに気が付いたような様子を見せる。
「そう・・・ここには膨大な量の生命力が溢れている。もし草薙剣が真価を発揮すれば、何物をも両断するまさに神技のような斬撃が放てる筈だ」
黒衣の男の言う話が本当であれば、今のミネが見ているツクヨの携えている禍々しいオーラを放つ刀こそ、まさしくその“草薙剣”に他ならなかった。




