第7話 クナトルレイクには全てがある 5歳 冬
父ちゃんが遊びで怪我して帰ってきた。
しかし父ちゃんは、原因は僕だという。
「トールが?」
「僕が原因?」
母ちゃんと姉ちゃんの視線は僕に向き、僕も思わず自分の顔を指差した。
おいおい父ちゃん。母ちゃんが怖いからって、息子に責任を擦り付けるのは良くないよ。
だいたい塩造りの話はどうなったのさ。
「それだ。村長に塩を持っていって、うちのトールが小さな炉で小枝だけを燃やして作った、と言ったのだが信じなくてな…」
「それはまあ、実際に作っているところを見ないと信じないだろうね」
子供が塩を作った?それがどうしたんだ?と、まともな大人なら取り合わない。
一応は報告した、という形だけはとっておいて自家製塩を自由に作る、というのが父ちゃんの訪問の狙いだったのだから、それでいいのだ。
「おまけに、この塩は味が悪い、色が悪いと文句を言い出す連中がいてな…」
父ちゃんが言うには、村の中で大規模な塩作りをする際に、大鍋を出したり海藻や薪を集めたりするのを主導する家、つまりは現在の製塩業の既得権層が面白くないから因縁を着けてきたのだ、という。
これも悪くない展開だ。まともな塩が作れない、と既得権層が考えて放っておいてくれれば、僕は自由に製塩を改良できる。
「だからぶん殴った上で、うちのトールはもっともっとすげえ塩が作れるんだ!と言ってやったら殴り合いになってな…」
父ちゃんなにやってんの!?
いやまあ、村の大人衆は殴り合いが話し合い、という面もあるからそれはそれでありなのかな…?
「それで塩を作っている家の連中が、トールは魔術を使ったとか言い出してな…」
「魔術!?」
それは不味い。魔術師疑惑は、マジで不味い。
魔術を使ったと認定されると、普通の暮らしが出来なくなる。
家を出なければならず、自称魔術師の弟子として村から村へ、旅から旅の暮らしを強いられる。しかも、この自然環境が過酷な北国で…いや過ぎる。
僕は家族と仲良く綺麗な家で暖衣飽食して暮らしたいんだ。
「魔術ってのはただの言いがかりだろう。その証拠に、父ちゃんの側につく連中も多かった。なにしろ塩作りの家の連中は、今の塩不足の原因を作ったわけだから村中で反感を買っていたからな…」
「それは…嫌われるよね」
たぶんだけど、塩作りの家の人達は単純に村が必要とする塩の量を見誤ったのではなく、多少は懐に入れたり高値で取引してみたり、ちょっと塩の有り難みを村の衆に見せつけて政治的地位を引き上げてやろうかな、とかの思惑があったんだと思うね。
「だからクナトルレイクで勝負をつけよう、ということになった」
「なんで!?」
話し合いが決裂したので競技で決着をつけよう!って、子供の漫画かよ。
いやまあ、殴り合いが殺し合いに発展するよりはマシか。
棒を使ってときには死人が出るクナトルレイク《野蛮な競技》は一種の殺し合いではないか?と糾されると否定できないところだけど。
「トール、お前は、まだクナトルレイクの本当の意味がわかっていない」
「そう…?」
父ちゃんが珍しくキリリと真面目な顔で言う。
「クナトルレイクは、全てだ」
「父ちゃん…?」
なんか変なこと言い出したぞ。
「クナトルレイクのフィールドには全てがある。闘争。連帯。勝利。クナトルレイクで戦う姿をアスガルドの神々はご覧になられている。男と生まれたならば、クナトルレイクに参加し、神々に恥じるところの無いよう正々堂々と、仲間と共に戦い、泥に塗れ、勝利し、戦い終えた後は仲間と共に歌いながら蜂蜜酒を呷る。そういうものだ」
「う、うん…」
熱心なスポーツファンにも、こういう人達がいたなあ。
問題は、村の男達全員がこんな感じらしいということであって。
この村ではクナトルレイクが、単なるスポーツではなく神事や政治的解決を担う面もあるイベントらしいことは理解できた。
僕が大人になってもクナトルレイク《野蛮な競技》には興味ないので参加しません、という選択肢はなさそうだ。
「つまり、父ちゃんの腕の怪我はそのときの怪我なんだね」
「ああそうだ!ちゃんと勝ってやったぞ!」
「…父ちゃん、ありがとう!」
大きな声で礼を言うと、父ちゃんは大きな手でわしわしと頭を撫でてくれた。
父ちゃんは、父ちゃんなりに息子のために体を張って頑張ってくれたのだ。
ちゃんと礼を言わないといけない。
母ちゃんとエリン姉は、男ってなんて馬鹿なの…という目で見てる気がするけれど、せめて息子の僕だけは父ちゃんの味方をするべきなのだ。
「それで、トールの塩作りを村長がそのうち見に来るそうだ」
「大丈夫。準備してる。父ちゃんも手伝ってね」
頼りにしている、と伝えると父ちゃんは嬉しそうに目を細めた。
実際、大人の手はとても借りたい。
海水運搬を楽にするために海岸近くへ移設することにした新しい西風炉の用地選定は既に済んだし、だいたいの設計も終わっているのだけれど、最後のトンネル穴掘りや石の煙突を積み上げるには単純に僕の身長と腕力が足りないんだ。まだ5歳だからね。
あとは、父ちゃんに原理を説明しながら建築を手伝ってもらうことで、僕が魔術を使っていないことを改めて理解してもらえるし、村長への説明も担当してもらえると思うんだよね。
うちの家族は感覚が麻痺しているけれど、5歳の子供がペラペラと大人に新型炉の説明するのは、やっぱり変だよ。
魔術師扱いされて僕が旅に連れ出されないよう、父ちゃんには頑張ってもらわないとね。




