第49話 権力?そんなものより規格です 6歳 秋
うーん。樽の体積を全部足すと…体積だけでなく重量や比重も計算に入れたほうがいいのかな。でも今の時点と数日後に塩で水が抜けた後ではまた状態が違うだろうし…
「トールステイン、何をしているの?」
「え?あっ先生。何かあったんですか?」
「何かあったじゃないでしょう…」
僕がうんうんと唸って書き込みを続けていると、なぜか村長婦人が現れた。
こんな倉庫区画に来るような身分の人ではないはずだけど。
「いいから、こちらへ来なさい」
「ええと…はい」
いつになく強い口調で着いてくるように言うので、止むをえず続く。
今のうちに数字を清書してまとめちゃいたいんだけどな。
村長婦人の私室区画に着くと、今回の交易品らしき、綺麗で大きな布が丸められたもの、高そうな刺繍が入った色鮮やかな服、金銀に輝く宝飾品や宝石の入った箱などが所狭しと無造作に置かれていた。
部屋を飾るというより、まるで倉庫のようだな…。
いつもは勉強に使う机にも、数枚の金貨や銀貨が無造作に置かれている。どちらの硬貨も始めてみたぞ。
「座りなさい」
黙って客用卓に座った。厳しい顔をして、いったい何なんだろう?
「トール、正直に話してくれる?倉庫でいったい何をしていたの?」
厳しい顔の割に、問いただす声は穏やかで丁寧だった。
あれ?村長婦人もニシン塩漬け樽の問題を気にしていてくれたのかな。
ようし。いい機会だから、ここで訴えてしまおう。
「村の樽には問題があります。大きさが違うのです。大きさが違うと中に詰めたニシンの塩漬けの数を正確に計ることができません。長船に積むときも不便です。重さも違ってしまいます。交易相手が価格をつけるときも、重さをいちいち計らなければなりません。
もっと便利にしなければなりません!村で交易に使う樽の大きさは厳密に統一しましょう!村長の権限で今後製造する樽の規格を定めてください!お願いします!」
僕は一気に言いきってから、小さな頭を下げた。
…あれ?何の返事もないな。ちょっと情報量が多すぎたかな。
もう一度説明をした方がいいだろうか。
そうっと顔を上げると、なぜか呆れたような表情の村長婦人が見えた。
「トールステイン。もう一度確認しますが、倉庫ではいったい何をしていたんですか?」
なぜかさっきより口調が硬くて厳しいぞ。
「ええと、だから倉庫の樽の数とサイズを測っていたんです。本当に高さも太さもバラバラなんです!酷いんですよ!」
おまけに、ハア――ッ…と、こめかみに形のよい指をあてて深々とため息まで吐かれたぞ。ちょっと失礼じゃない?
「トール…あなたの行動に屋敷の郎党達が怯えているのです。魔術を使った、と」
「はあっ?魔術?魔術って、何がです?僕は樽の数とニシンを数えていただけですよ!黒板を見てください!壁にちょっと数を書いたのは悪かったですが」
根拠もなくいたいけな子供を誹謗中傷するとはなんと小心なことか。
村の男達の模範たるべき戦士の風上にもおけない性根の腐った奴らだ。
謂れなき濡れ衣に、僕は奮然と抗議した。
「…わかりました。彼らには私の方から言い聞かせておきましょう。ところで、なぜニシンの数などを数えていたのですか?誰があなたに頼んだのですか?」
「誰にも頼まれていません。必要だと思ったから数えていたのです」
村長婦人は、パチパチと目を瞬き、長い金色のまつ毛を上下させた。
「なぜ必要だと思ったのです?」
「だって塩漬けニシンを村の人に平等に配るんだったら、正確な数が必要じゃないですか。配る人の気分で、ある日は1尾、ある日は2尾。ある人には3尾。別の人には1匹。景気よく配っていたら冬のうちに無くなってしまいました、なんてことになったら、皆が困るじゃないですか」
塩漬けニシンは保存食。村の越冬のためにベストな形で保存し配布する計画が必要だ。そして計画に必要なのは、一にも二にも正確な情報。つまり数だ。
僕は間違っていない。
だというのに、村長婦人は少し呆れたままで意外なことを言うのだ。
「ニシンの塩漬け樽は、あなたが村民に配るのだから、問題ないでしょう?手元から必要なときに必要だと思う分だけ配れば良いではないですか?」
「えっ。なんで僕が配るんです?そんな役目、やりたくないですよ」
村長婦人は何を言い出すのだろう?
僕は魚なんて配りたくない。
「冬の保存食を公平に配るのは村長の大事な仕事よ。ニシンの塩漬け樽を作るのに塩を大量に供出したのは、そのためではないの?」
「ええっ!そんなわけないですよ!」
さっきの魔術師扱いから、今度は村長の権力を狙う野心家扱いになってる!?
「あのですね…実のところ冬の間、家で塩を作ったのは良いのですが想定以上に作りすぎまして…社交場の暖房を冬の間中、ずっと燃やしていたものですから」
僕が裏事情を打ち明けると、ああ、と頷かれた。
そういえば村長婦人も社交場に来ていたね。
「…それで?」
「それで、家に溜め込んでおいても仕方ないので、良い機会だからニシンのために使ってしまおうかと」
「それだけ?」
「それ以外にないですよ。そうだ!もしもニシンに塩を提供した件で何か報奨をいただけるなら、魚配る権利とか要りませんから、樽の規格を僕に決めさせてください!今後、交易のために作る樽は同じサイズにしたいんです!あ、それと交易で受け取った樽のサイズ測らせてください!」
権力なんか要らない。規格が欲しいのだ。
「トール、わかったから座りなさい」
「あれ?あ、はい」
ちょっと興奮して立ち上がってしまっていたようだ。
「繰り返しますが、塩漬けニシンを配る権利は要らないのね?お父様やお母様に相談しなくても良いの?」
「要りません!父も母も相談してくれると思います!」
父ちゃんはちょっと残念がるかもしれないな。
でも権力よりも樽の規格のほうがずっと大事だから断るのだ。
「それよりも、ちょっと銀貨を見せてもらっていいですか?」
「あら。富に興味が出てきたの?」
「いえ。違います。この銀貨、もの凄く綺麗に揃ってますね。金貨とは全然違う」
机の上に無造作に置かれていた金貨と銀貨だけれど、両者には明らかに製造上の品質の違いがある。
「全然違うな…なんだこれ…」
いかにも金を押しつぶして整形しました、という感じで、形も不揃いなら含有率も均一ではなさそうな金貨と比較すると、この銀貨はまるで機械で製造したかのように均一な形状で重さも同じ様に見える。一言で言えば、文明社会の香りがするのだ。
僕が今生で初めて目にする工業製品かもしれない。
「これはね、アラビア銀貨。はるか南のアラビアという土地で製造された銀貨よ。最高の品質の銀貨として、取引に多く用いられるの」
「アラビア銀貨…」
文明社会の中心がローマ崩壊からアラビア半島に移って久しい時代。
銀貨の製造に投入されている高度な技術と、背景に存在するグローバルな取引のネットワークが、この硬貨からは感じられる。
「秤を借りてもいいですか?小さいのでいいです」
「部屋のを使ってもいいわ。なにか?」
「アラビア銀貨を量ってみたいのです」
僕は部屋にある数枚のアラビア銀貨を、秤で何度も組み合わせを変えながら量ってみたけれど、秤はその傾きをどちらにも変えなかった。
「全部が同じだ…すごい」
僕は、規格の単位を見つけたのかもしれない。




