第48話 ニシンの数を数えよう! 6歳 秋
父ちゃんの旅と冒険のお話は終わった。
なるほど。鯨狩りのさなか、村にやって来た長船が2隻あった理由は分捕った鹵獲品だったのか。
でも、どうしてもお話の中で無視できない点もある。
「父ちゃん、貝焼粉を目潰しに使う方法なんて、よく思いついたね?」
「うん…いや、まあな」
ちょっと回答が挙動が不信だったので追求してみると、戦士達が舷側でぶつかり合うのに遅れてしまい、何か手近なものを投げつけて援護しようとしたら、たまたま樽の中にある小さな麻袋に入った貝焼粉を掴んでいて、切り合っている敵の頭に当たって飛び散った粉が目潰しになったとか。
「勇敢に立ち上がるものをオーディンは見捨てぬ、ということだな」
父ちゃんが何か不思議な武器を使ったらしい、と察して他の戦士達も真似して生石灰を一斉に投げつけたところ、敵は「魔術だ!魔術が使われた!」と大混乱で総崩れになったらしい。
「航海中に何度か、他の連中にも石鍋懐炉を貸していたからな。絶対に目に入れるな、と注意したのを憶えていたんだろう」
良かった。父ちゃんが魔術師あつかいされたわけじゃないのか。
それにしても、生石灰を武器に使うとは、さすが戦士だ。機転が利く。
僕は全く思いつかなかった用途だ。
でも、これは村で問題になるかなもああ…。
「父ちゃん…僕の村中の貝を掘る権利、返したほうが良いのかなあ」
「いや。それはダメだ。貴族が大勢の前でした約束だ。1つ季節が巡る前に子供から取り上げるなど、外聞が悪すぎるし示しがつかない」
「…そうだね」
たくさん出来事がありすぎて、ずっと前のことだと思ってしまうけれど、村長と約束をしてからまだ1年と経っていないのだ。
「村長も必要と思えば、自宅の貝殻掘りから始めるだろう。それほど大量に必要なものではないし、トールが村中のゴミ穴を掘り返そうと、誰も気にしたりしないさ」
たしかに、僕が持っている権利は村中のゴミ穴から貝殻を掘る権利であって、他の人には掘らせない権利じゃないからね。権利としては、ごく弱い種類の権利だ。
「それで、父ちゃんはどんなものを買い付けてきたの?チーズと羊毛の他にはどんなものがあるの?大麦はたくさん買った?」
「わたしも気になる!綺麗な宝石とか、銀の器とか!それと珍しいお菓子とか!」
「おいおい。父ちゃんは村の戦士団の一員として参加したんだ。もちろん、チーズも羊毛も大麦も山程仕入れてきたさ。銀や銀器、ビーズに絹布もあるが、それは共同倉庫で保管して公平に分けるんだよ」
「えー!父ちゃんがこんなに頑張ったのに―っ!」
エリンがならした不平を、優しく父ちゃんが窘めた。
「エリン、そんなことはないよ。長距離の遠征は1人が頑張っただけではどうにもならない。船を先導する者、船を漕ぐ者、商売の口を効く者、戦う者。全員が力を合わせたから大きな収穫を得ることができたんだ。だから利益は平等に分ける。漁でもそうだろう?」
「うー…わかった」
「そうだな。エリンはいい子だ」
父ちゃんはエリン姉の頭を撫でる。
父ちゃんの話の中で、もう一つ、ハッキリしたことがある。
僕が大人になるまで交易について行くのは無理だね。凍死か戦死かはわからないけど、道中で野垂れ死にする自信がある。
あるいは、ここまで危険な交易の旅に出なくて済むように、村で特産品を作り魅力を上げて、交易相手こそが村にやって来るようにしたい。
毎回、父ちゃんをこんな危険な大冒険に送り出すわけにはいかないものな…・
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
ぼんやりした意識の中で、そっと持ち上げられて運ばれていくような感覚だけを憶えている。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「しまった!…って、エリン姉じゃま」
ガバリ、と起きようとしたらエリン姉が絡みついていた。
そっと手足を外して、浜の船小屋へ小走りに向かう。
朝一番で、皆が起きる前にやりたいことがあったんだ。
「おはようございます!」
船小屋の前で見張りをしている人に挨拶をして、中に入る。
「うーん。すごい数と臭いだ…」
小屋の中は、足の踏み場もないほどに、大小様々なサイズの桶に漬けられたニシンがびっしりと並べられている。
「ちょいと失礼して…あれがいいかな」
適当な桶を幾つかサンプルとして選び、直径と高さを測り、上から見える範囲でニシンの数を、それぞれ持ち込んだ黒板へ貝焼棒で記録していく。
残りの桶については、ニシンは数えずに直径と高さだけを測って記録。
計測には縄目がついた縄を使っている。巻き尺が欲しい。
「桶の数は154、か。結構あるな」
これで全ての桶を足し合わせた体積がわかるので、概算でニシンの数は出せる。
あとでニシンを燻製のために吊るした際に数を数えれば、推定値がどれだけズレているのかわかるから、修正すれば良い。
「あとは…村長の長屋敷に行かないと」
船小屋を出た足で、そのまま高台の長屋敷へと向かう。
子供の足にはやや遠い。
「樽ニシンの数を数えに来ました!」
と村長に用件を言ったら、起き抜けの村長はなんだか目をパチクリさせていた。
まあ、相手が理解していてもいなくても良い。
断りはいれたのだから、塩漬けニシン樽が保管されている一画へ向かう。
「おー。これはすごい」
村中の樽が集まっている。小さな蜂蜜酒樽らしきものから、大きな水樽まで。
まさにかき集めた、という感じだ。
「まずは数を数えるか…」
チョークで印をつけていくと、すぐに終わった。192個あった。
「小さい順に並べたいのです。手を貸してください」
「お、おう…」
近くにいた郎党の人らしき2、3人に声をかけると戸惑いながら手伝いを申し出てくれた。だけど、ちょっとどう手伝って良いかわからないみたいだ。
どれが小さいとか大きいとか、パット見にはよくわからないものね。
これは僕の指示が悪い。僕は樽の山から3つほど、小、中、大の樽を選んだ。
「小樽より小さいものはこちらへ並べて。大きいものはこちらへ。
中樽より小さいものはこちらへ並べて。大きいものはこちらへ。
大タルより小さいものはこちらへ並べて。大きいものはこちらへ」
こうすると全体が粗く6分割される。基準の大きさとなる樽があるので、分ける作業は簡単だ。それから、6分割された中で樽を小さい順に並べる。
最後に小・中・大樽の境界の樽を見比べて調整をすれば、だいたい小さい順に並べられる。
塩漬けの樽は重いのだけれど、屈強な郎党達は文句も言わず素早く並べてくれた。
「ありがとうございます!樽を仕舞うときにはまたお願いします」
「あ、ああ…」
郎党の人達が僕を見る目が、ちょっと僕を畏れているように見えた。
こんなに可愛らしい子供なのに!ルーン文字書きへの偏見は強いな。
「さて。樽の直径と高さを測っていかないとな…」
樽は真っ直ぐの円柱でなく真ん中が太い形状をしているのが面倒くさい。
数学的に正確を期すなら放物線で計算しないといけないのだろうけれど、実務的には面倒くさすぎるので、樽の上底もしくは底面と樽の腹の一番太い部分を足して二で割った円柱として計算するものとする。
なので、高さと腹と上の直系を縄目で計測し、記入していく。
小さな黒板に全部の数字を書いていくと気が狂いそうになるので、樽を並べたときと同じ用に基準樽を設定し、そこからプラス・マイナス幾つである、と記述していく。
単純だけれど、実務を楽にする技術だ。
「これで、樽の中にあるニシンの総体積を出せるでしょう?それで、さっき船小屋で量った桶のニシンの体積計算と吊り下げたときの実数との差異の係数の修正をかければ、樽の中の塩ニシンの総数を出せるはず…」
もう本当に、桶も樽も大きさを規格化して欲しい!
今後、村で生産する樽の大きさは断固として同じサイズにすべきだ。
塩づけニシン樽については、塩を供出したのだからそれくらいの主張は通るだろう。
だいたい、風乾のタラだって交易で樽詰めにするのなら、樽は同じ大きさにしないと商売相手だって困るはずなんだ。
ひょっとすると、今回父ちゃん達が持ち帰ってきた交易相手の商品の樽は、規格化がされているかもしれない。
あとで見せてもらって、サイズを測らせてもらうとしようか。そうしよう。
僕はあまりに自分の思考に没頭していて、暗い倉庫区画で1人佇み、大量に並べさせた樽を前にブツブツと短い縄を振り回し、白いルーン文字や数字を狂ったような勢いで黒板や壁に書きなぐる子供が、長屋敷の郎党たちにどう見えていたのか。
そこまで気にする余裕はなかったのだった。




