第47話 父ちゃんは大冒険を語る
ぱちぱちと焚き火が鳴り、海鳥の声と波の音を背景音楽にして、父ちゃんは旅の冒険の話を語り始めた。
「まず父ちゃん達は村からフィヨルドを伝って、ノレグにある黒い岩まで南下した。2、3日の旅程だ。そうだ。いきなり西には行かない。海の旅にも目印が必要なんだ」
ノレグってどこだろう?地図を見たことがないからイメージがわかない。
地図が欲しい。
僕の困惑を別の意味にとったのか、父ちゃんは海の旅について語った。
「トールは船旅をしたことはないよな?海は広い。迷っちまったら一巻の終わりだ。
黒い岩から西へ向かうのが、一番の近道だから、そこを通る。
それを海の道、と言うんだ。熟練の船乗りは、多くの海の道を知っているものだ」
航路のことだね。海の道、と表現しているんだ。
「海の旅というと海原を真っ直ぐに横切るように思うだろうが、それは違う。
島と島の間を、飛び石を伝うように、水を補給しつつ風を待って進むものだ。
勇敢さよりも、経験と慎重さが求められる。だから船頭は若者よりも知識が豊富な年寄が多い」
遠洋航海は実現していない、と。沿岸航海がメインなんだね。
話を聞いているだけで、様々な知識のピースがハマっていく感じがする。
「とにかく、ノルグの黒い岩の近くで水を補給しながら、ひたすらに東風をまった。
やがて海の神の恩寵で東風が吹いた。この風を逃すわけにはいかない。
東風が来たら、ヤルトランドまで2日間、飲まず食わず眠らずで一挙に進むんだ。
追い風が続けば櫂を漕ぐ必要はないから、驚くほどの距離を踏破できる。
太陽の神の恩寵でずっと日が沈まず晴れていたから、太陽の石の世話にならずに済んだな」
そこで父ちゃんは、ぐびりと麦酒を飲んで唇を湿らせた。
「父ちゃん、太陽の石って何?ヤルトランドってどんなところ?」
そんな不思議道具があるのだろうか?魔術の道具?いや単なる迷信では?
外国の話も初めてだ。いったいどんなところなのだろう?
「待て待て。一つずつ答えるから…太陽の石っていうのは…透明で四角くて、氷のような石だ。覗き込むと、曇っていて太陽が見えないときも、太陽の方角を示してくれるそうだ。村に一つしかない貴重品だ。船頭が決して肌身放さず身につけているから、父ちゃんも覗いたことはないな」
「じゃあヤルトランドってどんなところ?ニヴルヘイムみたいな霧と氷の場所?それともヨトゥンヘイムみたいに巨人が住んでる?」
エリン姉は神話のような土地が外に広がっていると思ったらしい。
父ちゃんは苦笑して答えた。
「いや。神々ではなく人間の住む土地だ。正直なところ、あまり面白い場所でもないな。ヤルトランドは高い山の地の島という意味で、中央に大きな山が特徴の普通の島だ。
平地が狭いから、この村よりも住んでいる人間は少ないな。フィヨルドと同じように、漁業で生計を立てている人が住んでいる。
そこで父ちゃん達は旅の疲れを癒やして、水と食料を補給し、しばらく休んだ。
少しは交易をしたが、休む土地を使う費用みたいなものだ。補給が済んで疲れがとれると、すぐに発った」
「なーんだ。つまんない」
「そうだな。ヤルトランドから南へ下って行くと、アングル人の住む大きな陸地がある。ただ、アングル人は言葉も通じないし、交易の旨味は少ない。
以前、別の村の衆がアングル人へ貢納を求めて富裕になった、という話は聞いたことがあるがな。
何でも、黄金と青銅で輝く異教の石造りの建物には守る兵もなく異教の指導者がいるだけで、中には金貨と宝石と銀の宝飾品で満ちていた、というんだ」
「そんなの財宝が道に落ちているようなものじゃない!?そんなことあるの?」
「そうだな、エリン。ちょっと信じられない話だが、トールは村長の長屋敷にある銀の大きな燭台は見たことがあるか?あれは元はアングル人のものだったそうだ。
噂を聞いたのはずいぶん前だから、もうろくな財宝は残っていないだろうと判断して今回は避けた。もしも守りの兵士がいたら、攻め手が一隻では厳しいからな。
そうして北回りで陸を回避して西へ1日ほど向かうと、オルクネヤルという、とても大きな島が見えてくる。北の交易の大拠点の島だ。
村の何倍もある大きな街だ。人が固まって何百人も住んでいる
大きく立派な石造りの館や港があって、言葉の通じる同胞も多い。
島の主である伯爵に停泊と交易の許可を求めるために貢物もしてから、オルクネヤルで交易先の情報を集めたり、やってきた船と交易をした」
伯爵!僕でも知っている貴族階級だ。そういう貴族もいるのか。
「伯爵ってなにかという顔をしているな?まあ貴族みたいなものだ。大きな土地では貴族が何百人もいて、偉い貴族も偉くない貴族もいるらしい。複雑で面倒くさいことだな。とにかく人が多いからだろう」
そこで父ちゃんは、僕の頭を力強く撫でた。
「そうだ喜べ、トール!オルクネヤルの市場ではタラの冷燻が大評判になってな。なんと風乾のタラの3倍の値がついたんだ!来年もぜひ持ってきてくれ!どうやって作るんだ?と尋ねられたり懇願されたよ。
ああもちろん、作り方を教えるような間抜けはいないさ。村の男衆の多くは、たぶん作り方も知らなかっただろうしな」
なるほど。やっぱり冷燻魚は良い値がつくみたいだ。
できるだけ多く製造できる設備を建てたい。
「そうしてオルクネヤルを発って、南下しながら幾つも連なるスズレヤルの南の島々との交易が本番だ。スズレヤルの島では干しタラと塩が喜ばれたな。塩なんて海からとれるじゃないかって?
あの辺りは島々は小さな森を伐り尽くしてしまっていてな…塩を作ろうにも、冬を越す以上の燃料はないのさ。
建てられている普通の家々も、惨めに泥炭で壁をつくるぐらいだ。
泥炭で作ると温かくて薪を節約できるんだそうだ。涙ぐましいことだ。
だから塩は高く売れる。木が不足して船の修理にも困るぐらいだ。漁に出るのも難しいから食料も売れる。それで干しタラにも良い値がつくんだ」
泥炭、やっぱり嫌われてるなあ…この村でも植樹習慣をつけないと数百年後には同じ目に遭いかねない。何とかしたいなあ。
「いったいそんな土地で何の取引ができるのかって?そこはうまくしたもので、森を伐ってしまった代わりに、島は一面の牧草地になっていて羊を山程に飼っているんだ。だから大量に羊毛とチーズを仕入れてきたぞ。
なに?チーズが欲しい?あとで見繕ってやろう。そうして島々を伝っていくと、やがて大きな陸地にたどり着く。そこで残っていた毛皮を売ってしまう。それで商品がなくなり貿易は終いだ」
「貿易が終わったらどうするの?」
「北上しつつオルクネヤルに戻り、帰りの西風を待つんだ。だがな、そこから上手く行かなった。あんまりにも儲かりすぎて、長船の船足が遅くなったんだ。疲れで櫂をこぐ腕も重くてな…」
船に商品を積みすぎたんだね。儲かるんだから目一杯積みたくなるのはわかる。
だけど、長船では航海のリスクも上がる。
「良くないことは続いた。父ちゃん達が儲かった、と話を聞きつけたのか、交易に来た別の奴らに襲われたんだ」
「襲われたの!どこの村!ひどい!」
「父ちゃん、怪我しなかったの!?他の村の衆はどうしたの!」
襲撃を受けたの!?いや無事みたいだけど。
母ちゃんも、少し動揺している。
「いやいや。結果的には大した被害はなかったんだ。だから落ち着け。
村同士で仁義はないのかって?そうだなあ…。
奴らは俺達の後に着いたせいで、たぶん島での交易が思うように行かなかったんだろう。商品が良くなかったのか、商売が下手だったのか、その両方かもしれんな。
悪いことに、父ちゃん達の船足が遅かったので接舷戦になった。船戦だな。船を寄せて戦うんだ。
父ちゃん達は商品を山程積んでいて足が遅かったし、奴らは俺達の商品が欲しかった。だから矢戦や火を放つのではなく、男の戦。切り合いになった」
「それで?やっつけたの?」
「そこでトール!お前の手柄だ」
「僕の?」
なぜそこで僕が出てくるんだろう?
どちらかというと、災いを呼び込んだ側だと思うんだけど。
「ああ。トールから預かった貝焼粉の余りを、奴らに横から投げつけてやったんだ。
途端に、目が見えねえ!と悲鳴があがってな。
父ちゃんの真似をして、他の戦士達もどんどんと貝焼粉を投げつけた。
終いには奴らは全身が真っ白になっちまって、いてえいてえ、と泣くばかりでな。
全員を殴り倒してやったさ」
生石灰を目潰しに使ったのか。そういう意図で持たせたわけじゃないんだけど…。
でも父ちゃんが助かったんだからいいか。
「それで?それからどうしかたって?こちらの怪我人も少なかったからな、海に放り込むのは勘弁してやったさ。もちろん、そのまま放免ってわけにはいかない。
武器と盾は取り上げ縄で縛り上げて船底に転がして、櫂を全部取り上げて帆も没収した。そうして船ごと曳行したわけさ。
ただでさえ遅かった船足が、こうなると地獄の番犬を呪わんばかりになってしまってな。
どうにかこうにか、オルクネヤルまでたどり着いたさ。
なぜ途中の島々で売り払わなかったのかって?
それも考えたが、奴らの素性も知りたかったし、オルクネヤルは市場が大きい。
奴隷として売り払うなら、高値がつく地で売りたかった。
それに村の評判も大事だ。俺達の村を襲うとこうなるぞ、という他の村への見せしめの意味もある。
俺達は襲われたのを返り討ちにしただけだ、という正当性を示す必要もあったしな。
奴らに運があれば、村に連絡が行って買い戻してもらえる目もあるだろう。
長船は賠償に貰った。あれが戦利品だ。やつら、船の整備もロクにしていなかったようでな。船底は牡蠣殻だらけ、防水のシールが甘くて海水が染み出してくる、おまけに帆には乱暴な継ぎがされているだけ、とボロボロだった。
とにかく航海に耐えられるように陸に上げて整備するのだけで、随分とかかっちまったよ。船を何とか修理しても、それでも船足は遅いからな。
それから西風を待って、ようやく村にたどり着いてみれば、鯨もニシンも来ているときたら!
全くたまげたね!いったい海の神にどんな捧げ物をしたんだ?
…とまあ、これが父ちゃんの旅と冒険の話だ」
長い長い冒険譚を語り終えると、父ちゃんはぐびぐび、と麦酒の杯の残りを飲み干した。
いつの間にか海鳥の声は止み、焚き火と波の音が戻ってきた。




