第42話 蜂蜜相談と村の危機 6歳 秋
おちおちおちおちつけ。
蜂蜜採れすぎ問題については、ちょっと落ち着いて考えてみよう。
まず、なにも山の中にあるものまで、全部の丸太巣箱から無理して採蜜する必要はないんだ。
丸太巣箱には、せっかく覗き穴を設けてあるのだから、自宅付近の目立つ大きな巣だけを上から幾つか採ればいい。
それだけでも、自家消費の必要分を賄える量になるはずだし。
「母ちゃん、蜂蜜酒って、どうやって作るんだっけ」
「蜂蜜に水を足すのよ。蜂蜜が1。水が4ぐらい。それから2回サウナの日が回るくらい熟成させて…味を見ながら、父ちゃんが飲んじゃなわないよう注意したら完成」
「なるほど…けっこう増えるんだね」
エリン姉が軽く振り回した遠心分離で採れた蜂蜜が4リットルぐらい。
仮に一番蜜と呼ぼうか。
一番蜜を絞っても、まだまだ巣の中に蜂蜜が残っているから、圧搾機で巣ごと押しつぶしながら絞り出す蜂蜜。これを仮に圧搾蜜と呼ぼう。
たぶん4リットルぐらいは絞れそう。
まだないけど、圧搾機はテコを作って石でも乗せれば作れる。
魚の油を絞る器械とかないのかな。あれば転用できるのに。
残りの、桶や圧搾機や巣にこびりついた蜂蜜はお湯で洗い流せば取れそう。
これを仮に残り蜜と呼ぶとして、それが蜂蜜酒の原料にできそうだ。
1リットルの蜂蜜と4リットルの水ぐらいになるかな。
「蜂蜜酒は熟成させる間に、どのくらい減っちゃうの?」
「そうねえ…1割ぐらいかしら」
「ふうん」
1つの巣から、最低4.5リットル。最大で41リットルか…。
「母ちゃん、蜂蜜酒って高いんだよね?」
「そうね。大きな祭りでも小さな樽で少し振る舞われるぐらいかしら」
小さな樽…30リットルぐらいかな。
1つの巣から採れる最大量41リットルで、既に超えてるじゃないか。
全力採蜜して全部を蜂蜜酒に振り向けたら、その50倍…。
まずいな。蜂蜜酒づくりは不味い。
村の既得権層に全力で喧嘩を売ることになる。
酒屋っていうのは、どこの村でも富裕な有力者と決まってる。
塩作りはどうにかこうにか許してもらえたけれど、塩に加えて蜂蜜酒まで手掛けるとなると、反発は必至だよなあ…。
おまけに父ちゃんがいないから、交渉面で「舐めたこと言って決裂したらぶっ殺すぞ」という脅しがないのは痛い。
「うーん…母ちゃん、これから村長婦人のところへ行くから、ついて来て欲しいんだけど」
「あら珍しい。わたしはルーン文字なんてわからないわよ」
母ちゃんはノンビリしてるなあ。
「そうじゃなくて。たぶん蜂蜜が一杯採れすぎたせいで、村の大人達に何か言われそうだから相談しておこうかなって。父ちゃんも塩のときに同じことしてたでしょ?」
「どうして村長婦人に?村長のところに相談には行かないの?」
今回は村長に相談してはダメなんだよね。村が滅びる。
「村長はねえ…蜂蜜をぜんぶ蜂蜜酒にして飲んじゃいそうだから…」
「ああ…村の男衆はそうするわね。ちょっと準備するから待ってなさい。エリン!手伝って」
女性の準備は長い。なぜか冬の家まで衣装や化粧道具や装飾品を引っ張り出しに行き、昼を過ぎて戻ってきたときはすっかり別人になっていた。
「母ちゃんおそーい、って、うわっ!」
しっかりと梳いて結わえられ装飾品と一緒に編み込んで後ろに流された髪。
顔には目尻と唇に紅がさしてあり、鮮やかな赤色の羊毛のドレスに上等な狼の毛皮のショールまでして、楕円形の青銅の留め具にビーズまで下がってる。
「母ちゃん…なんかすごい金持ちの家の人みたいだ」
「もうちょっとマシな感想を言いなさい」
「母ちゃん、美人だったんだね」
「こらっ!」
息子というものは、母が普段と違う格好をしていると、それが綺麗な格好であってもむずがゆく、なんとなく落ち着かない気分になるのは、わかってもらえるだろうか。
一方で僕の方はと言えば、特に普段と変わりない平民丸出しの格好でついて行く。
その方が母ちゃんが映えるからね。
「すみません。村長婦人にお会いしたいのですが」
いつも門を守っている郎党の人に言付けて、かって知ったる場所とばかりに長屋敷の村長婦人の区画へと入っていく。ルーン文字教室で、よく来てるからね。
「いらっしゃいトール。…あら」
「シグリズ様。トールの母、アーシルドで御座います。今日は、ご相談があって参りました」
「相談ごと…?まあいいわ。立っていられると落ち着かないから、座ってちょうだい」
「失礼いたします」
普段は勉強机として使っている来客用の卓に母ちゃんが座り、僕は後ろに立つ。
「相談というのは、こちらのことなのです」
「壺…中身は…蜂蜜?」
「さようでございます。トール?」
母ちゃんからパスされたので、僕が説明する。
「我が家が白い船、と呼ばれるほどフレイの恵みを周囲に植えたことはご存知でしょうか。白い花々が咲き乱れ、目を楽しませる景色として夏に村の民の間では少し評判になりました。
ところで、花には蜂が寄ってくるものです。父の思いつきで幾つか蜂の巣箱を立てましたら、それが思いの外、うまく行き過ぎまして…とてもとても沢山の蜂蜜が採れたのです」
採れた蜂蜜の量については、ぼかして伝えた。卒倒されては相談ができないからね。
「相談ごとの内容はわかりました。それで…?なぜ村長でなく、わたしのところへ…?
村長婦人の問いに、母ちゃんがハッキリと答えた。
「男衆に相談しては、全て蜂蜜酒にして飲み干してしまうからです」
「ああ…確かに」
村長婦人と母ちゃんの間に、共感の空気が流れる。
「村の男衆を1日中、蜂蜜酒を飲んだくれて漁にも出ないロクでナシにするわけには行きません」
「そうね。それでは村が滅んでしまいます。正しい使い道を考えましょう。トール?なにか考えはあるのね?」
村長婦人はアイディアを出せ、と仰る。しっかり見られているね。
「僕は…薬に使ったら良いと思うんです」
「それはなぜ?」
「子供は風邪をひきます。たくさん集まったら、もっと風邪をひきやすくなります」
「…クナトルレイクで集まった子供に風邪が流行る、と思っているのね?」
「はい…たぶん。それに、道具の工夫はしましたけど、怪我もすると思います」
「元気な年頃の男の子ばかりを集めるのよね。怪我は…するでしょうね」
「はい。だから怪我の薬も作りたいです」
父ちゃんがクナトルレイクで怪我をして帰ってきた日のことは忘れない。
あの時も、蜂蜜の薬がなかったら危なかった。
「薬を作るのは、村の女達の役目よね?」
「はい。それで村長婦人にご相談させていただきたいと」
村長婦人は少しの間、目を閉じて形の良い顎際に指をあてて考えをまとめると、決定の意思を伝えた。
「…わかりました。アーシルド。トール。あなた達は正しい相手を相談先に選びました。来るクナトルレイクのために、蜂蜜を薬として使いましょう。税については無税とします。少し余分に蜂蜜酒ができたものを男衆に渡しておけば、横から口出しはさせません」
「ありがとうございます」
僕と母ちゃんは頭を深々と下げた。
やれやれ。これで少しは肩の荷が降りた。
あとは遠心分離機を作れそうな木工職人を紹介してもらって、魚の油を絞るための圧搾機を持っていないか聞いてみようかな。
村の女性達を集めたり、薬の作り方を伝えるとか、記録するとか、そういう面倒ごとは村長婦人に任せれば…任せれば…あれ?
村長婦人の仕事って、僕に降ってくるんじゃない?僕以外の郎党とか、侍女の人がやってくれるんだよね?そうでしょ?




