第12話 小さなフギンへのご褒美 5歳 冬
西風炉と塩づくりのプレゼンテーションは、これで終わり。
僕から出せるものは、とりあえず全部出した。
あとは、村長の沙汰を待つばかりなのだけれど、結論が出るには、まだまだ時間がかかりそう。
村長一行はひそひそと角付合わせ小声で相談しているようなのだけれど、1人だけ声を荒げているおじさんがいる。例の腕吊りおじさんだ。
声を抑えようと努力してはいるんだろうけれど、抑えきれない声で「…魔術だ!」と鋭く叫んでいるのが聞こえてくる。だいぶ頑張って主張してるみたい。
「魔術じゃありません。知恵と工夫です」と僕の正しい主張をぶつけてやりたいこところだけれど、いかんせん僕は自由民の5歳の子供に過ぎない。残念ながら村内政治の既得権を前にしては、その正しい主張も通りそうにない。
既得権とは、即ち養うべき家族や一族郎党の生活そのものでもあるから、容易に参入を認められないのもわかる。だけど、《《たかが子供のしでかしたこと》》に、ちょっと構え過ぎだし、怯え過ぎだと思うんだよね。
それよりも、父ちゃんが今にも暴発しそうなことが心配だ。
僕のことを「魔術師!」と腕吊りおじさんが罵倒するたびに、汲んだ腕の筋肉がピクピクと震えて腰の斧に手を伸ばそうとしている。
父ちゃんが自力救済(物理)に戦斧で訴える前に、何とかしないといけない。
「僕は、今の塩作りも続けたほうがいいと思っています!」
と、少し大きな声で主張したら、村長と取り巻きおじさん達が議論をやめてこちらを見た。聞かれていることを確認し、炉の音と海風に負けないよう、もっと大きな声で主張する。
「なぜなら、この方法は冬にしか塩を造れないからです!!」
そもそも凍結濃縮するには海水を凍らせる必要があるからね。
まともに稼働できる期間は1年のうち半分もないだろう。
「ですから、今の塩作りをやめない方がいいです」
既得権を全否定する方法ではないよ、と弁護する。
そもそもからして、今の塩作りをしている連中が欲の皮を突っ張って塩を村民に行き渡るだけ必要十分な量をちゃんと作らなかった、のが悪いんだから。
僕は、メリットの主張を続けた。
「この西風炉の良い点は、ちゃんと造れば、流木、小枝、泥炭でも使えることです。薪割りの力がない、母ちゃんや姉ちゃん、僕でも使えて暖が取れるんです」
いや母ちゃんの腕っ節なら薪割りぐらい余裕かな。
と考えたところ、脳内の母ちゃんが尻を叩こうとしたので、慌ててブンブンと頭を振ってイメージを追い出す。
「小さな炉で冬でも塩が作れれば、夏や秋にとれた魚や野菜を春まで保存できます。わかりますか?これで家の母ちゃんと姉ちゃんが飢えずに済むんです」
腕吊りおじさんも、ちょっと居心地悪そうに身動ぎした。
そうだよね。皆、家族や一族が大事なのは一緒だものね。
「それに塩で保存した食事が食料庫の樽に詰まっていたら、ずっと母ちゃんの機嫌が良くなります。そして…これが大事ことですが、母ちゃんの機嫌が良くなれば、父ちゃんの機嫌も良くなります」
ぷっ、と村長が吹き出した。
「そうだな。家内の機嫌が良い…か。それは大事だな」
たしかにたしかに、と取り巻きおじさんたちも破顔する。
先程の険しさとは一転して空気が柔らかくなった
それで話の流れは決まった。
つまり西風炉も塩作りもお咎めなし。
家で使うのは自由。村内でも聞かれたら教えても良い、という結論になった。
塩作りの煙を上げてたら、フィヨルド内で丸見えなわけだし。
とにかくも話し合いが穏やかに終わって本当に良かった。
もしもブチ切れた父ちゃんが斧を振るって自力救済に走ったら、後ろに控えている逞しい戦士達と血みどろの戦いになって、一家揃って天国行きでも、おかしくなかったからね。
ということで会合は終わりかと思ったら、村長が去り際に声をかけてきた。
「それで。小さなフギン《神烏》は褒美に何が良いかな?」
えっ。褒美?
「…何かもらえるんですか?」
「もちろん村内のことだけではあるが。グリームルの子、トールステインの功は大きい。娘の1人をやってもいいぞ」
「いえ、そういうのは父ちゃんと母ちゃんの許しが必要なので。うーん…別のものでも良いでしょうか?」
罰を受けるとか税を取られるのを回避しよう、という利得マイナスをゼロにできるかどうかしか考えていなかったので、プラスになるとは考えてもみなかった。
大急ぎで頭を回転させて、今欲しいもの、必要なものリストを脳内で作成して提示する。
「3つ、欲しいものがあります」
「ほう。3つとは多いな。言ってみよ」
僕は三本の指を立て、一つずつ折った。
「1つ。西風炉の作り方を他の人に教える権利です。聞かれなくても困っている家には教えるかもしれません」
「ふむ。まあ良かろう。貧しいものに広めるのを止めては家内も喜ばんだろうさ」
「2つ。貝殻を他の家のゴミ捨て場から回収する権利です。塩を綺麗にするために使います」
「そもそもが捨ててあるものだ。文句を言うものはおるまい。別に構わんだろう」
「3つ。野蛮な競技の子供用の道具を作る権利です。父ちゃんはクナトルレイクで怪我をしました。僕も来年からたぶん子供の組に入るでしょう。怪我をしたくありません。怪我をしない道具をつくります」
「ふむ。クナトルレイクはそもそも怪我をするものだ。だがまあ、小さなフギンの頭蓋が割られては村の損失となるか。良かろう」
ところが、そこへこれまで黙っていた、のっぽおじさんが口を挟んだ。
「お待ち下さい。それでは他の組から不公平と声が上がるでしょう」
その指摘は予想していたよ。
「はい。ですから、他のチームの分も僕が用意します。羊皮と羊毛が多く必要になるでしょう。村の備蓄をください。僕が塩で支払います」
「…以上か?」
「はい」
僕の要望を聞いて、村長は少しの間、髭を撫でつけながら考え込む様子を見せた。
「3つの褒美とはいうが、どの要望も殊勝である。とても成し遂げたことへの褒美とは言えないものだ。せめて最後の革と羊毛については、こちらで用意しよう。好きな数だけやる。それを褒美とするがいい。長屋敷へ来れば家内に言いつけて受け取れるようにしておこう」
「ありがとうございます!」
よし。思わず笑みがこぼれた。
「いや。今日は真に愉快であった。村に小さなフギンが誕生しているを見つけることができた。まさしくアスガルドの神々の巡り合わせであろう」
満足そうに腹を揺すると、村長と一行は海へ出した長船に帆を張って長屋式まで帰って行った。
こうして、塩作りをめぐる騒動はなんとか落ち着くところに落ち着いた。
終わってみれば、思ったよりも得るところの大きい騒動だった。
案ずるより生むが易し、というやつだね。
やれやれ。
と、このときの僕は安堵していた。
ところが、僕が村長から貰ったささやかな3つの権利なのだけれど。
後にとんでもない利権に発展して村を揺るがす大騒動になるのだ…。
それはもう少し後の話。
5歳の冬 終わり
次話は「トールステイン大王伝記:黎明の章」です




