第11話 1人はみんなのために 5歳 冬
引き続き、パイロット炉の実演をしている。
西風炉は強い風をうけて、ますます強い炎を上げ、その様子を見た偉いおじさん達が煩いのである。
「もう鉄鍋の湯が沸騰してきたぞ!」
「信じられん。最初から湯を張っていたんじゃないか}」
「いや。湯を張っていたら湯気が上がっていたはずだ。それはなかった」
どうしても貶めたいのが1人混じってるな…。
とはいえ、あとは海水が蒸発するまで僕ができることはあんまりない。
小枝を足すのも飽きてきたし、ちょっと暑くなってきたので炉から少し離れると、偉い人たちからの質問が始まった。
ええ…父ちゃん、そこは腕組みして頷いていないで、父ちゃんが受け答えしてくれないと。
「グリームルの子、トールステインよ」
「はい」
「この炉で塩ができるのか?」
「いえ。この炉だけでは無理です。手順があります」
「手順?」
やっぱり父ちゃんは説明してないな…。
こんなこともあろうかと準備しておいた木桶の海水を見せた。
軽く指先につけて塩加減を見てもらう。
「こちらは、火を使わずに予め濃くしておいた海水です。これを火にかけることで燃料が少なく、早く塩を作ることが出来ます」
「火を使わずに海水を濃くする?そんなことができるのか」
魔術だ!と取り巻きの誰かが小声で呟いたのを無視して説明を続ける。
「こちらの桶には、海の水を凍らせたときに出た氷が入っております。海の水は凍るときに塩を吐き出して薄くなるのです。氷から吐き出された塩は残った海水に残って濃くなります。
それを繰り返すと、驚くほど濃い塩水を燃料を使わずに作れるんです。僕は、この工夫で濃い海水を作りました。誰でも木桶に海水を汲んで凍らせて氷だけ捨てれば同じ事ができます。魔術ではありません」
真正面から偉い人の目を見上げ大きな声で主張すると、村長の目は面白そうに瞬き、魔術だと主張していた取り巻きは苦々しい顔になった。
父ちゃん、腕組みして頷いてる場合じゃないから。
髭と髪に埋もれている村長さんの目をまじまじと見つめてみると、意外と若い顔をしている気がする。40歳ぐらいかもしれない。もっと上の年齢かと思ってた。
「もう少し、この炉についても説明してくれるか」
「わかりました」
立ち上がって、西風炉について説明する。
本当は父ちゃんにやってもらうつもりだったんだけど、もう面倒くさいから全部自分で説明してしまおう。
「この炉は強い風を取り込んで強い炎を上げることができるように作りました。焚き火に強い風があたると炎が高く上がる状態を常に作り続ける形をしています」
「ほう」
掘り込んだ風の取り入れ口を指す。
ここは工夫したところなんだよね。
「この炉の風の取り入れ口を見てください。大きく広い口から入ってきて、小枝の燃える場所では狭くなっています。この形で風を強くしているんです」
「広い口が狭くなると風が強くなるのか?」
頷いて、背後のフィヨルドを指した。
西から風が吹き、フィヨルドの奥まで波が押し寄せている光景が見えているはずだ。
「このフィヨルドで考えてください。沖では弱い波も、狭い湾に入ってくると高い波になり家や船を押し流すことがあります。同じことを風でも起こすのです」
「なるほど…。それでは、この高い石造りの筒は?」
頷いた村長が背の高い石造りの煙突を指した。
通常の炉は炎と煙が同じ場所から出るために、鍋などを起きやすい高さで低く留めるので、高く伸ばした煙突が不思議なのかもしれない。
「これは煙突です。炎がまっすぐに高く上がって燃え盛るのを邪魔しないために作りました。厚いサウナ石の壁に守られた炎が薪を全て燃やします。そのため、灰がほとんど残りません」
「ほほう」
思わず触ろうとする村長に注意する。
「気をつけてください。今は平気ですが、そのうち触れないほど熱くなります」
「おっと、そうか」
「ふん、大げさな造りのわりに、大した事をやっていないじゃないか。クズ枝を燃やして鍋一つだけの塩を作っているだけだろう」
腕を吊り下げた偉そうな人が因縁をつけてくる。
このおじさん、さっきは「魔術だ」とか陰口を叩いていた人だな。
たぶん塩作りの家の人で、父ちゃんに野蛮な競技で負けた腹いせをしにきているんだろう。
分かってないなあ。この炉は熱と煙を分離できるんだよ?
それがどれだけ凄いことかわからないの!?
ムカムカと腹が立ってきたので言い返してしまった。
「この炉は煙突を伸ばすと、煙を別の場所から出すことができます。例えば小屋の中に炉を作って熱だけを取り出しつつ、煙は外に出すことができます」
「しかし家の中に煙が満ちなければ、干した魚や肉にはネズミが、藁屋根や毛皮には虫が流行ることになろう」
現状のままではデメリットがある、という村長の指摘は正しい。
煙がない炉は、燻すことが前提の暮らしには適さない。
だから、その先の姿を見せる必要があるんだよね。
「煙突を伸ばせば、製塩小屋と燻製小屋を分けることができます。例えば、塩を沸かしている鍋に薪の煙が入らなくなります」
「ふうむ。しかしそれだけでは建物の無駄になるのでは」
コストの上昇に難を示す村長。
しかしですね、コスト以上にメリットがあるんですよね。
「塩に燃やした薪のカスが入らないということは、燃やす薪で塩の味が左右されなくなるということです。ハンノキや白樺や松を燃やすのも良いですが、例えば燃料に安い泥炭を使ったとしても、塩に匂いが移らなくなりますよ」
「それは……それが本当にできたら凄いことだが」
「馬鹿な!泥炭なぞ貧乏人の卑しい薪だ!塩作りに使うなど考えられん!」
僕が製塩とって熱と煙の分離がどんなメリットがあるかを具体的に訴えたところ、村長だけでなく、取り巻き3人組も目を剥いた。
泥炭。泥状の炭。主に湿地帯に見られる石炭になりかけの植物の層。
フィヨルドに流れ込む川の近くには至るところに湿地があり、泥炭もかなりの割合で埋まっていると見られる。
けれど、村では泥炭はたいそう人気がない。
曰く、燃やすと土のような臭いがする。
曰く、薪と比較すると温度が上がらない
曰く、湿っているので乾燥の手間が大きい
曰く、卑しい貧乏人の燃料であり貴族や自由民が使うものではない
後年になってスコッチウイスキーは泥炭の香り、などと広告費を突っ込んでブランディングするまでは、泥炭の臭いはずっと厄介な嫌われものだったのだ。
もしも今の家の作りがそうであるように、土間の直火で泥炭を暖房として燃やしたら、衣服や干している食料にまで泥炭の臭いが移り、薪がなく泥炭しか燃やせない家として、貴族や自由民としての社会的立場まで危うくなるだろう。それぐらい嫌われ卑しめられている。
けれども、もしも泥炭の臭いがつかない製塩方法があったら?
そのメリットは計り知れない。
なにしろ泥炭は簡単に取れる。木製の泥炭スコップでレンガぐらいのサイズを掬って、雨の当たらない場所で乾かすだけで燃料になる。薪のように割ったり枝を落としたりする手間がない。
男手で貴重な鉄の斧を振るわずとも良く、女子供でも燃料調達ができる。
暖房用の薪や長船を建造するための樹木と資源として競合しないのも良い。
なにより、卑しい貧乏人の燃料とやらを費やすことで、貴重な塩を造れるというのは愉快な交換と言えるんじゃないかな?
村長さん、3人組の取り巻きさん、そこのところどう考えるの?




