敵の敵、真の敵
その男は狂っていた。本当に自分を中心にして世界がひとつになると信じていた。その狂信ゆえに神がそれを利用したのも当然だろう。日曜日の昼過ぎに商店街で説法をしていた【永劫の安息】の教祖バスカヴィル14世(本名安藤優生)に天使が降臨たのだ。
『さあ行くがよい、我が同胞たちよ。今こそここに【永劫の安息】の王国を作るのです!』
「さー今日も鍛錬してステージを上げるぞぉ」
「どんどん鍛錬するぞぉ」
「もっと激しく鍛錬するぞぉ」
教祖に額に聖なる数字を刻まれた信者たちは、鉄パイプやバールのようなものを手に商店街の人々を襲っていく。数時間後、天使反応を検知した政府がようやく【特区】を発動し【天滅】が派兵された。
「ちゅうちゅうたこかいな、ちゅうちゅう……ざっと15人くらいアルな」
「それでちゃんと数えているでござるか? 拙者の目にはもう少し多いような」
駅前ビルのパラペットの上に立って季紫舞と伊達藤丸がキャラの濃い同級生漫才を演じている。
「どうせイッパイには変わらないから細かいコト言うなアル! これで宣伝になればウチの拳法道場にも入門者がワンサカ……ウシシ」
「今日びそんな奇特な御仁がいるわけないでござろう。やはり地道に健康教室から……」
「うるさいネ! 道場に居候してるネクラ忍者に言われたくないアル! ザコは引き受けてやるからとっととボスを始末してくるヨロシ!」
信者を前に紫舞は両手に武器を構えて対峙する。彼女が手にしているのは釘打ち銃だ。
「さーてワタシの必殺ガンフーを見せる時が来たネ。覚悟はいいアルカ?」
口々に「鍛錬」と繰り返しながら信者の群れが紫舞に殺到する。信者その1が振り回す凶器を紙一重で見切って、紫舞は手にした銃を相手のこめかみに当ててトリガーを引いた。釘がガガッという音とともに射出される。信者は白目をむいてその場に崩れ落ちた。改造された釘打ち銃はバッテリー電源で、全長75ミリの太い釘を振動ハンマーの打撃で対象に打ち込む。ロール状に格納された釘は100本、それが2丁なら十分すぎる弾数だ。
信者その2の横薙ぎを上半身のスウェーで躱しながら、同時にアッパースイングで釘を下あごから打ち込む。そのまま地面を転がり脚を絡めて倒した信者その3の後頭部に一発。跳ね起きて信者その4の心臓に一発。そのままそいつを肉の盾にして信者その5、その6を壁際に押し込んで盾ごとメッタ打ちに釘をたたき込む。
あまりの凄まじさに残りの信者が紫舞から距離を取る。小休止と息を整えて紫舞が後ろを見れば……藤丸はバスカヴィルを相手に苦戦中だった。
伊達藤丸の武器は鎖鎌だ。遠近両面に隙のない武器だが相手が悪かった。バスカヴィルはたとえ致命傷を受けても、幹部の信者を生贄にしてその命を奪い復活してくるのだ。
「くっ、変わり身の術でござるか。何とも羨ま……いや卑怯でござろう!」
『これも神のなせる御業。今なら降参して同胞となれば罪を許しましょう』
「そのような戯れ言は聞かぬ。信者がいなくなればその術も使えなくなる道理」
『さて、それまで持ちますか? あなたは良くてもむこうのお嬢さんは……ほら、危ない』
「なっ、紫舞……うおっ!」
バスカヴィルの視線に釣られた藤丸の顔を光の剣が掠める。
「何やってるアルか! 人の心配してる場合か!」
騙された藤丸に紫舞の怒声が飛ぶ。
『フフフ、形だけ忍者を真似てもそんなに心を揺らしていては』「黙れ! こう見えても草臥流の末に連なる者、必ず任務は……」
〈おい、かなり手こずってるじゃねえか、とっとと変形を使いやがれ!〉
藤丸の脳に直接話しかける声がする。
「貴殿の加勢は無用でござる。あくまで拙者の技でこやつは倒さ」
「この期に及んで何言ってるアルか! 勝手に死んだら許さないアルよ、まだ告白もしてないのに! とっとと本気出せ、菫太!」
「俺をその名前で呼ぶんじゃねェェェ! ……やってやろうじゃねえか。おい、クモ野郎。変形じゃあ足りねぇ、あれをやるぞ」
〈ククッ、まいどあり。そうこなくちゃな。じゃあいくぜ?〉
〈「瑕業〉」
鎖が藤丸の体に幾重にも巻きついていく。苦鳴とともに口から吐き出される紫の霧が繭となり、使い魔と融合した姿に藤丸を変えていく。そして現れたのは蜘蛛を想わせるダンダラの忍装束を纏った魔人だった。
〖時間がもったいねえ。サクッとケリをつけるぜ〗
そう言って藤丸が地面に手をついて魔力を流す。数十の鎖が蜘蛛の巣のように八方に走り、バスカヴィルと信者を絡め捕ってまとめて雁字搦めにした。
『こ、こんな……ま待ちなさい!待』「待つワケねーだろ、【永劫の安息】に堕ちやがれ」
藤丸は手にした大鎌を一振りして首をまとめて刈り落とした。
〈ヒヤヒヤさせんなよ。オレたちはもう一蓮托生なんだ。オマエが死んだらオレも消えるんだからな、ったく。ふぁ……少し寝るわ……〉
使い魔は鎖鎌に戻った。人間に戻った藤丸に紫舞が抱きつく。
「何やってるアルか、このバカチンが! 今度はどんだけ吸われたアルか?」
瑕業は使い魔と融合することで魔人となることができるが、対価として魂を削り取られるリスクを背負っている。
「たいしたことねえよ。悪ぃな、心配かけたか?」
「そ、それならいいアルよ……(何か昔に戻ったアルか? 少しカッコいいかも)」
「それと気になってたんだが、告白って」「なな何言ってるアルか! 気のせい、そう気のせいアル!」
「やれやれ、ここは素直になっとけよ。パープルダンサー」
「なっ、その黒歴史で呼ぶんじゃねェェェ!」




