絶対お断りです!!!
「ねぇ、聞いた? ミュルツ侯爵のこと」
「ええ。怖いわね。誘拐事件に関わっていたって……」
「そうそう。ミュルツ家は爵位剥奪だそうよ」
「そのようね。でも仕方ないわよね……何でも他にもいろいろな事件に関わっていたって聞いたわ」
「ええ。シュバルツ騎士公爵閣下が事件を解決されたんですってね。それとベルガー伯爵家の三男だったかしら? その方が捜査を手伝われたらしいわ」
「あら? そうなのね。でもシュバルツ騎士公爵閣下といえば、そんなことよりもやっぱりあのお話よね!!」
「そうよね!!」
女性たちが頬を染めながら一気に盛り上がる。
「「「ヴァイス公爵令嬢とのご結婚!!!」」」
「いいわよね〜あの騎士公爵閣下とご結婚できるなんて! なんて羨ましいのかしら」
「でもあの二人と聞いたら納得よね〜お二人とも見目麗しくて、とってもお似合いだもの!」
「ええ! そうよね! 実は私その結婚式に参列したのよ!」
「えっ! そうなの? どうだった?」
「ふふっ! それはそれは素晴らしかったわ! シュバルツ騎士公爵閣下はいつもよりさらに凛とされて、とってもカッコよかったわ! もちろんヴァイス公爵令嬢もさらに美しさに磨きをかけられていて、とても素晴らしい結婚式だったのよ! だけど何人かシュバルツ騎士公爵閣下の色気に当てられて倒れた令嬢もいらしゃったけど……」
「あら……でもそれも仕方ないわよね……あの色気と美しさですもの……あっ! でもヴァイス公爵令嬢といえば、王妃殿下と王太子殿下が結婚されるギリギリまで、本当にシュバルツ騎士公爵閣下と結婚するのかってヴァイス公爵邸まで訪ねていらっしゃったのでしょう?」
「私もそう聞いたわ。確かにヴァイス公爵令嬢ほど、爵位も問題なく、見目もお美しい方いらっしゃらないものね……王妃殿下も王太子殿下も気に入られていたようだし……でもシュバルツ騎士公爵閣下との結婚なら断る令嬢はいないでしょうけどね」
「「そうよね〜」」
「とても仲睦まじいってお噂だものね〜」
きゃっきゃとはしゃぎながら続く会話を止める者はいない。
もっぱら最近の貴族たちの噂はこの話でもちきりである。
しかし彼女たちは知らない。
その本人たちがシュバルツ騎士公爵邸で繰り広げる攻防を……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ベルティーナは肩で息を切りながら、ドキドキと跳ねる鼓動を落ち着かせるように、深呼吸を繰り返す。
「こ、ここまで来れば……」
ベルティーナはあまり人の行き来がない、屋敷の端の観葉植物の間に身を潜ませる。
(流石にこんなところにいるとは思わないでしょう)
ベルティーナは勝ち誇ったようにニヤッと笑う。
「午後まで……午後まで逃げ切れば私の勝ちよ!!」
そう言って力強く拳を握る。
「ふっ」
「ヒィッ!!!!」
その時、突然後ろから耳にふっと吐息をかけられ、ベルティーナは奇声と共に飛び上がった。
そして優しく肩に置かれた手に、ダラダラと冷や汗を流しながら、ゆっくりと振り返る。
「レ、レイモンド様……?」
「ふっ! ベルティーナ、君は本当に飽きないな。追いかけっこの次はかくれんぼか?」
ベルティーナは顔を引き攣らせながら数歩後ずさる。
そしてクルリと踵を返し、逃亡しようと試みた。
しかし、レイモンドがベルティーナを華麗と言わざるを得ない速さで、お姫様抱っこで持ち上げたことで不発に終わる。
「レ、レイモンド様!! 降ろしてください!!」
「ダメだ。降ろしたらまた君は追いかけっこを始めるのだろう?」
ベルティーナを抱えながらスタスタと歩いて行くレイモンドにベルティーナは必死に訴える。
「あ、あの! 私今日午後から予定があるのです!」
「ああ……もしかしてルドヴィックと出かけるとでも言うのかな?」
「ええ! そうですわ! ご連絡が遅くなってしまったのですけど……」
「それなら大丈夫だ。昨日の夜、私が明日休みだと聞いてすぐ、君がルドヴィックに宛てに書いた手紙はここにあるから」
レイモンドはベルティーナを抱えたまま器用にポケットから手紙を取り出す。
「な……なんで……?」
「ルドヴィックには伝わっていないし、今日彼が君を迎えに来ることはないよ」
満面の笑みで返された言葉に、ベルティーナはビシリと固まる。
(や、やられた……)
レイモンドと婚約してからは光のような速さで、すぐさま結婚式まで進んでいった。
もともと家族はほぼレイモンドに掌握されていたし、あの誘拐事件の後、さらにそれは顕著になった。
結婚の知らせを聞いたトリシャは大手を振って喜び、フリードには泣きながら、ルドヴィックにはとても嬉しそうに祝福された。
そしてレイモンドが宣言した通り、全てが最優先で書類が通ったのだろう。
すぐに結婚式も行える手はずになった。
嵐のように通り過ぎていった婚約期間はほぼ無かったと言っていいほどで、気づけば結婚式が行われ、シュバルツ騎士公爵夫人になっていた。
そうは言ってもレイモンドとの結婚が嫌というわけではない。やはり今考えても結婚するならレイモンドしか考えられないのも事実だ。
ベルティーナもなんだかんだでレイモンドを愛しているのだ。
いつもベルティーナのことを最優先で考え、気遣い、愛してくれる。だいぶ重すぎる時もあるが……
ではなぜシュバルツ騎士公爵邸で攻防が繰り広げられ、ベルティーナが必死にレイモンドから逃げていたのか?
その理由……
それはレイモンドが休日の日に捕まるとずっと放してもらえないのだ。
レイモンドの部屋に拘束され、一日中ずっと動けない。
だからこそベルティーナもあの手この手を使い回避しようと試みる。
しかし毎回どれだけ手を尽くしても、やっぱり彼には敵わないのだ。
そしてベルティーナ自身彼のことを愛しているからこそ、結局最後は受け入れてしまう。
だがそれでも今日こそは何とか抵抗したいとギリギリまで説得を試みる。
「ですがレイモンド様もお疲れでしょう? 私と過ごすより、ゆっくり部屋でお休みになっていたほうが、よほど疲れが取れ、癒やされると思うのです!」
「私の癒しは君がいれば十分だ。君さえいれば他には何もいらない」
色気が溢れんばかりの優しげな表情に、ベルティーナは一瞬で顔を真っ赤にさせる。
「うっ……で、ですが!!」
「君はすぐりんごのように赤くなって……可愛いな」
耳元であえて吐息を吹きかけるように囁かれた言葉に、ベルティーナは揶揄われているのだと、クッとレイモンドを睨みつける。
「そんな顔で睨みつけられても怖くない。余計魅力的に見えるだけだから、やめた方がいいぞ?」
「なっ……もう! いい加減放してください!!」
「嫌だ。私が今君を放すことはないし、この先もずっと放すつもりもない。ずっと一緒だ」
愛おしいという気持ちが溢れ出る瞳で見つめられ、ベルティーナはうっと言葉を詰まらせる。
「なぁ、ベルティーナ。来世も必ず君を見つけるから、私と結婚しような」
断ることはないだろうという自信を持った瞳で見つめられる。
ベルティーナ自身、嬉しいと思う気持ちがある。
レイモンドはそれを見抜いているのだ。
しかし素直にそれを言うのは悔しい。
だからこそ、ベルティーナはぷくっと頬を膨らますと大声で叫んだ。
「絶対お断りです!!!」
シュバルツ騎士公爵邸で日常の風景となった夫婦の追いかけっこに使用人たちが暖かな視線を送る。
一体噂話をしている者たちの誰が、こんな攻防が日常的に繰り広げられているなどと思うだろうか?
その攻防はこれからもずっと続くのだが、貴族の間ではずっとこう噂された。
『シュバルツ騎士公爵夫妻は大変仲睦まじく、お互い来世もまた結婚しようと誓い合っているらしいと……』
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