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じっくりと考えるのが時には重要です

「ベルティーナ」


 ベルティーナが振り返ると優しげな目で見つめるレイモンドと視線が合う。

 レイモンドはそっとベルティーナの頬に手を伸ばした。



「その表情、どうやら君の悩んでいたことは解決したようだな」


 そしてふっと口元を緩ませる。

 ベルティーナはきょとんとしてレイモンドを見つめると、ベルティーナもまたふっと笑みを浮かべる。


「ふふ……そうですね」


 ベルティーナが笑って答えると、レイモンドがすっと真剣な表情になる。




「それでは改めて、私の求婚を受けてくれるか?」


 その瞳の奥にある熱に、ベルティーナは頬を染める。

 今は純粋に何の裏もなく、その熱が自分に向けられているのだとはっきりわかる。

 ベルティーナ自身の心の中にも同じ熱があるのだ。

 ベルティーナはそれを落ち着かせるように、一つ深呼吸をする。



「……わかりました。こんな私でよければ……よろしくお願いします。ですが先に婚約ですね」


 ベルティーナは初めてレイモンドに求婚された時を思い出し、笑いながら告げると、レイモンドもふっと微笑む。



「そうだな。またはやる気持ちを抑えきれずに間違えてしまった」


 レイモンドはそう言ってさらに笑みを深くする。

 そしてベルティーナの腰に手を当て、自分のほうへと引き寄せた。




「やっと君を手に入れた。さっきの続き……してもいいか?」


 そう言うと、ベルティーナが答える前にゆっくりとレイモンドの顔が迫る。

 ベルティーナはドキドキと鼓動を跳ねさせながら、それに応えるように目を閉じた。



 優しく啄むようにキスが落とされる。

 そしてそれが次第に深く長いものへと変わっていく。



「レ、レイモンド様……!」


 ベルティーナが(とが)めるように名前を呼ぶが、それでも止まることはなく、体の力が抜けて行く。

 ガクッと膝が折れ、体が支えられなくなったところで、レイモンドがベルティーナの腰を引き寄せ、強い力で支える。



(どうしよう……このまま続けられるのはやばい……)


 頭にもやがかかったように何も考えられなくなる。

 ベルティーの頭がショートしそうになった時、カイの声が響いた。




「レイモンド様、そろそろ解放して差し上げてください。あまりがっつきすぎては嫌われてしまいますよ」


 レイモンドはゆっくりとベルティーナを解放すると、不満気にカイを見つめる。


(た、助かった……)



 ベルティーナが真っ赤になって必死に呼吸を整える姿に、カイが苦笑を漏らす。


「それでは馬車の準備もできましたし、帰りましょうか?」





 ベルティーナは案内されるまま、レイモンドと馬車に乗り込むと、ふっと息を吐いた。

 今日だけでいろいろなことがあり過ぎた。

 パンクしそうになる頭を整理していると、ふと気になることを思い出す。




「そういえば、レイモンド様はどうやってマーラの結界のかかった扉を開いたのですか?」



 扉は吹っ飛ばされていたが、闇属性以外の魔法は感じられなかったのだ。

 人間に闇属性の魔法は使用できないと考えると、一体どんな魔法を使ったのか気になった。


 レイモンドはその言葉に不思議そうに首を傾げる。



「ベルティーナは気づかなかったか? もちろん使ったのは闇属性の魔法だ」


「え……?」


 二人はしばし無言で見つめ合う。




「ちょっと待ってください! 人間は闇属性魔法は使えませんよね?」


「そうだな……確かに私以外に使えるものは聞いたことがないな。カイも転生してからは使えなくなったようだし」


「…………レイモンド様って人間ですよね?」


「…………人間に転生しているはずだ」



(その変な間は何ですか!?)



 ベルティーナは心の中でツッコミつつも、今までのレイモンドの異常な力を思い出し、どうせ考えても無駄だからやめようとため息をついた。

 やはりレイモンドの力の異常さは人間を超えたものなのだろう。




「ではその闇属性魔法を使う時は他の属性の魔法を使う時と違いはあるのですか? 力が多く必要であったり、使いにくかったり」


「いや、そんな感覚はないな。むしろ馴染んでいて使いやすい。それに闇属性魔法はいろいろと便利だからな」


「便利ですか?」


「ああ。諜報などにも向いているのだ。おかげでベルティーナのことをよく知ることができた」


「え……?」



 嬉しそうににっこりと笑うレイモンドに嫌な予感がする。




「あのよく知ることができたとは……?」


「そうだな……例えばどんな食べ物が好きかとか、いつもどのように過ごしているのかとか、家族のことも闇属性魔法を使えばすぐにわかった! だがカイにあまりそういうことはしない方がいいと止められてな……」



(ちょ、ちょっと……それってもう……ス、ストーカー……? 本当に婚約して大丈夫なの!?)


 ベルティーナが顔を青くさせる隣で、レイモンドは満面の笑みで見つめている。



(そ、そうだわ! まだ私は婚約者になると言っただけだもの! まだ署名もしていないのだから大丈夫よ! 今後のことはゆっくり考えましょう!)



「そうだ、ベルティーナ。君との婚約はもう君が先ほど了承してくれた時点で陛下のほうに書状が届いているから、もう私たちは正式な婚約者だ」


 まるでベルティーナの心の声を読んだような言葉にベルティーナがピシリと固まる。




「え……? で、でも! 私署名はしてませんよ!?」


「特例だ。婚約に関しては私が君から了承をもらったことを第三者が確認した時点で結ばれるように手配していたんだ」



 皆が惚けるような美しい満面の笑みを浮かべたまま、とんでもない事実を伝えてくるレイモンドに、ベルティーナは冷や汗が止まらない。



(いや……でも婚約者なら、まだ考え直す時間はあるわ! もしやっぱり無理だと思えば、結婚までに婚約破棄できれば大丈夫よ! 多少外聞は悪くなるかもしれないけど、関係ないわ!!)


 ベルティーナがそんなことを考えてる隣で、レイモンドはキラキラとした目でベルティーナを見つめる。


「結婚式はいつにしようか? これまでの褒賞をずっと断っていて逆によかったな……その代わりに私の結婚は迅速に行えるように、全ての申請の中でも最速で通るようにしてもらっているんだ。だからいつでも君と結婚できる」



 レイモンドはにっこりと笑うと、どんどんベルティーナに迫り、ついには壁へと追い詰める。


(ひぃっ!!!)


 心の中で悲鳴をあげるベルティーナにレイモンドの笑顔が一瞬で黒い笑顔に変わる。

 その瞳の奥にはもう逃さないとでも言うように、意思のこもった瞳がゆらりと妖しくきらめいている。

 捕われれば絶対に逃れられない。


 しかし、こうして追い詰められていても、怖いという感情よりも、ベルティーナの中でもまた、レイモンドと同じ熱い感情が揺らめくのだ。

 鼓動が跳ねる音を聞きながら、ベルティーナは諦めたようにふっと息を吐き出した。

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