真意
「とにかく、ベルティーナを危険な目に合わせたことは、どんな理由があろうとも許せることではない」
レイモンドの言葉にその場の空気が一気に張り詰める。
殺気を向けられていないベルティーナでさえ竦んでしまうほどの威圧感に、マーラはブルリと震える。
「ラ、ラモン様……申し訳ありません……ですが、私はただラモン様が……」
マーラが泣きながら縋るようにレイモンドを見つめる。
しかし、レイモンドは全く表情を変えることなく、指をパチンと鳴らす。
すると突然レイモンドの視線の先が、ゆらゆらと揺らぎ、空間が歪む。
人の高さほどに空間が揺らいだかと思うと、そこだけぽっかりと真っ黒な穴ができた。
そしてその穴から少年が姿を現す。
(なに……これ……?これってまさか……転移術!?)
転移術はどの属性の魔力でも、魔力量があれば長い詠唱と魔法陣を使えば何とか転移術を使うことができる。
しかしそれは到底一人分の魔力量で補えるものでは無く、数人が力を合わし完成するものなのだ。
決してこのように指をパチンとならし、一人分の魔力量で簡単に使えるものではない。
やはりレイモンドは規格外なのだ。
「たくっ……何なんです? いきなり呼び出さないで欲しいんですが……」
穴から出てきた少年は眉を寄せてでレイモンドを見つめる。
緑の髪に人間とは違う尖った耳、そしてキラリと光って見える緑の瞳。
十三、四歳ぐらいに見える少年からはマーラと同じく強い魔力を感じる。
(この子って魔族よね……? しかもこの魔力量…… ただ者じゃないわ……それに何だかどこかで見たような……?)
ベルティーナがじっと見つめていると、少年がベルティーナの視線に気づき見つめ返す。
その大人びた表情と態度に見た目との違和感が増す。
少年は視線をレイモンドに戻すと尋ねた。
「何なんですか? この変な取り合わせは……あなたに呼ばれたのだから、あなたとカイがいるのはわかりますが、何故そこにマーラと聖女の生まれ変わりがいるんです?」
その少年の言葉に、ベルティーナは目を見開く。
(何で私のことわかるの? でもこの気配どこかで……あっ!!! 思い出したわ!! ルドルフに任せた魔王四天王の一人だわ!! 確かルドルフと相打ちになったはず……それにあの見た目と言うことは彼もまた魔族に転生したってこと?)
前世で彼に会った時は落ち着いた筋骨隆々のおじ様という見た目だったのだ。
あまりの見た目の違いにすぐに気づけなかったが魂の気配は間違いなく同じだ。
彼の話ぶりを見るに、どうやら彼も前世の記憶があるようだ。
「ああ。まぁ、いろいろあってな。ケルビー突然呼び出し、すまないが、マーラを魔王城地下の牢獄に繋いでくれ」
「なに……? 今度はマーラは一体何をしでかしたんだ」
ケルビーと呼ばれた少年は眉を寄せると、疲れたように額に手を当てる。
「ベルティーナを勘違いで傷つけた。もう少し私が遅ければ彼女を失っていたかもしれない……だから今後マーラが勝手に行動しないよう、地下の牢獄に繋いで欲しいんだ」
「……はー……わかったよ……」
ケルビーはレイモンドの性格を理解しているのか、何を言っても無駄だなという表情をすると大人しく頷いた。
ケルビーは大人しく従っているが、敵意がないのかはわからない。
ベルティーナは気になっていたことを勇気を出して尋ねてみた。
「あ、あの……あなたも魔王四天王の一人でしたよね? 私のこと恨んではいないのですか?」
レイモンドは自分が望んだことなので別だが、カイとケルビーに関しては巻き込まれたようなものだろう。
ベルティーナがおずおずと尋ねると、ケルビーはきょとんとした表情になる。
そしてふっと口元を緩める。
「俺は別に何とも思ってない。人間の中で強いと言われる者がどれほどの力を持っているのか。それを見極めたくて、魔王城に残ったのは俺の意思だ。最後に人間にしとくのはもったいない骨のあるやつと戦えたからな。マーラは別として、俺もカイも、もう一人の四天王もあんたを恨むことはないさ。もう一人は短絡的な奴でバカなんだ。負けた奴が弱いから悪いって考えの奴だし、あんたをどうこうしようとは思ってもないだろう。安心するといい」
「そ、そうですか……」
こんな好意的な態度をとってもらえるとは思ってなかったベルティーナは拍子抜けしつつ、確認するようにカイにも視線を向ける。
カイもふっと表情を緩めると頷いた。
「ケルビーの言う通りです。私はずっとラモン様に仕えていましたから、ラモン様以外に仕えるといのも考えられませんでしたし。ラモン様の望みを叶えてくださった聖女様に恨みなど持っていません」
カイはチラッとレイモンドを見つめると、もう一度ベルティーナに視線を戻す。
「それにラモン様もレイモンド様も異常な力を持つが故に、常に孤独であったのです。それ故になのか、何にも興味を示されませんでした。しかしあなたは唯一ラモン様が興味を示され、レイモンド様が愛されたかたです。ですから、ベルティーナ様が受け入れてくださるなら、私はお二人に幸せになっていただきたいと思っております」
「カイさん……」
カイの優しげな瞳に、ベルティーナはふっと体の力が抜ける。
「それじゃ俺はマーラを連れて行くから」
ケルビーは最後に後ろ手に手を振ると、もはや反抗する気力もないのか、悄然としてうつむくマーラを連れて、また黒い穴に入って行った。
二人が入るとその穴が一瞬にして消える。
「私もそこに転がしている侯爵と神父を引き渡して来ますね」
カイは二人を軽々と引きずりながら、外に待機させてる兵の元へと向かう。
これで誘拐事件も解決し、ずっと悩んでいたレイモンドたちの真意もわかった。
全部終わったのだ。
(今まで私がしていたことって何だったのかしら……)
ベルティーナは大きなため息を吐き出す。
しかし、やっとスッキリとした気持ちに、ふっと笑みをこぼした。




