信じたい想い
マーラの浮かべる笑顔に身の危険を感じたベルティーナはブルリと体を震わせる。
マーラはベルティーナの目の前に再びしゃがみ込んだ。
「ねぇ、あんたってラモン様を倒した聖女の生まれ変わりでしょう?」
「!? な……なんで……?」
彼女と直接会ったことはない。
十和が魔王討伐に向かった時、マーラはそこにいなかったからだ。
そんな彼女がなぜベルティーナが聖女の生まれ変わりだとわかるのか……
ベルティーナが驚きに目を見開いていると、マーラの目がすっと細められる。
「その反応、間違い無いわね」
「いえ! 違うわ! 私は……」
ベルティーナが思わず否定すると、マーラが冷ややかな目で見下ろす。
「私に嘘が通じるわけがないでしょう? あんたのその聖属性魔法の魔力、私が見抜けないとでも? 今まで拐って来た奴らとは桁違いの力だわ。今までの奴らなんて恐怖で震えるだけで、最後にはみんな気絶してたわよ」
マーラはベルティーナの頭に手を伸ばすと、自分の方へとぐっと髪を引っ張り顔を寄せる。
「うっ…………」
遠慮もなく無理やり引っ張られ、痛みから声が漏れた。
「それにね、わかるのよ。あんたの気配、前にも感じたことがあるのよね。直接は会ってないけど……私が魔王城に戻った時、漂っていた魔力の気配と同じだもの」
ベルティーナが痛さに顔を歪めても、お構い無しに引っ張ってくる。
マーラの表情は背筋をゾッとさせるほど冷え切っている。
全く表情を動かさず、ただ見下ろしてくる瞳は不気味なほど感情が読み取れない。
「ねぇ、私さっき魔王四天王って言ったじゃない? それなのに私に堂々と目を合わせてきた。やっぱりあんた前世の記憶があるでしょう?」
「…………な、何を言っているのかわからないわ……」
ベルティーナの言葉にマーラがイラついたように表情を歪める。
「だから! 私に嘘をついても無駄って言ってんでしょ!」
マーラはベルティーナの顔に自分の顔を近づけると、怒りに満ちた表情で瞳を覗き込む。
「本当にその目、ムカつくわ! あんたのせいで私は……私とラモン様は……」
マーラの怒気にベルティーナは体を震わせながらも、相手に飲み込まれないようにじっと見つめ返す。
それに余計苛立ちを募らせたマーラが叫んだ。
「あんたさえ来なければ……私とラモン様は結婚していたのよ!! あんたが、あんたがいなければ!!」
「け、結婚…………?」
まさかマーラが魔王と恋人同士だったとは知らなかった。
あの時、魔王城にマーラがいなかったのは恋人を守ため、魔王が彼女を安全な場所に遠ざけていたのかもしれない。
ベルティーナの驚いたという表情に、少し落ち着きを取り戻したマーラがニヤッと笑う。
「そうよ。ラモン様が愛しているのは昔も今も私よ。ラモン様はね、あんたを消すために人間に生まれ変わって、あんたに近づいたのよ?」
「レイモンド様が…………?」
マーラ言葉にベルティーナは信じられないというように、大きく目を見開く。
彼女が嘘をついているだけかもしれない。
しかし、ずっと不思議だった。
なぜレイモンドはほとんど話したことも無いベルティーナに求婚してきたのか。
ずっと女性に興味を示さず、全ての縁談を断ってきたレイモンドがなぜ突然求婚したのか。
疑問に思っていた気持ちが余計に不安を掻き立て、嫌な汗で手足が冷えてくる。
そして心が切り裂かれたようにズキズキと痛み出す。
「だって邪魔者は消さないとでしょう? 今世ではあんたに邪魔されないようにね」
マーラはベルティーナの表情に勝ち誇ったように楽しそうにニヤッと笑う。
(嘘……嘘よ……)
ズキズキと痛む心を抑えるようにベルティーナぎゅっと手を握り込む。
本当に今までのことが全部嘘だったのだろうか?
あのベルティーナだけに向けられた笑顔も優しさも……
今までのレイモンドとの時間を思い出し、ベルティーナぎゅっと唇を噛んだ。
(そんなの嘘よ! やっぱり信じられない!!)
「嘘よ……そんなことない!」
マーラの言葉を信じたくないという思いから、ベルティーナは大声で叫ぶ。
そんなベルティーナにマーラは怒りに満ちた形相で睨みつける。
「だから! ラモン様は私のことだけを愛しているって言ってるでしょう! 鬱陶しい女ね!!」
マーラの叫びと同時にベルティーナの体を凄まじい衝撃が走る。
マーラが闇の力を纏い全力でベルティーナを蹴り飛ばしたのだ。
体が嘘のように宙を舞い、受け身も取れぬまま壁にぶつかる。
「うっ…………」
あまりの衝撃にベルティーナは呻き声を漏らし、そのまま倒れ込んだ。
(これは……もうダメかも……きっとここで死んじゃうんだわ……今世でもまた長生きできないのね……)
凄まじい衝撃が体を襲ったのだ。
これはもう体もボロボロになっているだろう。
ベルティーナは覚悟を決めて、自分の体を確認しようと、そっと目を開ける。
(え…………どうして!?)
ベルティーナはあまりの驚きに一瞬固まり、自分の体を見回した。
体には傷一つない。それどころか、あれほど衝撃があったというのに、今は痛みも一切無い。
(あ、あれ? なんで? えっ!? 私ってもしかして人間じゃ無いの!?)
あまりの驚きに馬鹿らしいことを考える。
そしてふっと胸元が暖かくなっていることに気づく。
胸元に視線を落とすとレイモンドからもらったネックレスが淡く光っていた。
(これってもしかして……レイモンド様が言ってたお守りの効果!? いやいやいや!!! 加護のレベルを超えすぎでしょう!!)
異常過ぎる効果に驚くベルティーナの隣で、マーラもまた、あれほどの蹴りを傷一つなく受け止めたベルティーナに目を見開き驚いている。
「なっ……なんなのよ! あんたのその化け物並みの頑丈さ……」
(魔族に化け物って言われるなんて……ちょっとショックだわ……)
魔族の彼女に化け物などと言われたくは無いが、確かに何も知らないものが見たら異常なほどの頑丈さだ。
端で行方を見守っていたミュルツ侯爵と神父も、開いた口が塞がらないというようのベルティーナを見つめている。
だが今の攻撃のおかげで思い出した。
レイモンドはベルティーナを守るためにこの魔石を贈ってくれたのだ。
ベルティーナを消す事を考えているなら、こんな異常な加護があるものを渡すはずがない。
(やっぱりレイモンド様は私を殺そうとなんて思ってないんだわ!)
はっきりとそう確信を持つと、先程までのズキズキとした心の痛みも消えていく。
(こんなところで死ねないわ!)
先程の攻撃で魔石は相当の魔力を消費している。
次に攻撃を受けたら本当にもう終わりかもしれない。
ベルティーナは何とか起き上がると、負けないという意志を込めてマーラをじっと見つめる。
マーラはベルティーナの力のこもった目に、一歩後ずさる。
「な、何なのよ……何なのよ! あんた!!」
そして今度こそベルティーナを倒すため自らの手に闇属性の魔力を集中させる。
(どうにかしなきゃ…… あれはまともに当たるとやばいわ!)
マーラの手に集まる異常な魔力の塊に、緊張から汗がつたう。
縛られた手では満足に動くことはできないが、直撃だけは避けようと、マーラの動きに集中する。
しかしその時、ドーンという凄まじい音と衝撃が響いた。
そしてその音と同時に扉が勢いよく吹っ飛ばされた。




