襲撃
パーティー当日、家族で朝食をとっている時だった。
「ベルティーナは今日は何時ごろ出るの?」
「え? みんなと一緒に出ますけど?」
その言葉で家族全員の食事の手が止まる。
そして視線がベルティーナに集中した。
「今日は迎えに来てくださるのよね?」
「いえ、お断りしたんです。家からも馬車を出すのに、わざわざ迎えに来てもらうなんて申し訳ないので」
その言葉にぷるぷるとトリシャが震え出す。
(あっ……言い方、失敗したかも……)
その今にも雷が落とされそうなトリシャの様子にベルティーナの背中に冷や汗がつたう。
「あ、あの……お母様……?」
ベルティーナが恐る恐る話しかけると、表情は笑っているのに、全く心のこもっていない笑みが向けられる。
(ひぃ!!……ダメだわ……これはやばいやつ!!)
「あなたって……あなたって子は!! せっかくレイモンド様が迎えに来るとわざわざ昨日伝えに来てくださったのに……何を考えているのですか!!!! 」
トリシャの絶叫が部屋中に響きわたる。
ベルティーナはビクッと体を震わせながらも何とかトリシャを落ち着かせようと、言葉を探す。
しかし、言葉も見つからず、視線を彷徨わせていると、地獄の底から這うような声でトリシャが叫ぶ。
「良いですか? レイモンド様を待たせるなどもってのほかです! すぐ準備をして会場に向かいなさい!!!」
その言葉にビクッと体を震わせると、ベルティーナは「はい……」と震える小さな声で返事をした。
昨日レイモンドがわざわざヴァイス公爵家に挨拶に来なければこんなことにはならなかったはずなのだ……
(何で私がいない時に来てみんなに全部話しちゃうのよ! しかも知らない間にみんな名前呼びになるほど仲良くなってるし……レイモンド様の馬鹿!!)
昨日ベルティーナは久しぶりにレイモンドの監視がないなか、るんるんと外出した。
ゆっくり羽を伸ばせたおかげで、スッキリとした気持ちで家に帰った。
しかし、屋敷に帰ると、何故かレイモンドがおり、家族と談笑していたのだ。
それもフリードとトリシャはいつの間にやらレイモンドを『レイモンド様』と名前で呼ぶようになっており、レイモンドも『父上、母上』と呼んでいた。
そしてルドヴィックまでが『お兄様』とレイモンドを呼ぶのを聞いて、ベルティーナは軽いめまいを覚えた。
(な……何なのこの状況……)
一人取り残されたベルティーナは呆然とその光景を見つめる。
するとベルティーナが戻ったことに気づいた両親は「後は二人で話もあるだろうから」と両親だけでなくルドヴィックまでがにっこりとした笑みで席を外した。
(もう完全に家族を掌握されてるわ!!)
ベルティーナは衝撃を受けながら、ドアの前に立ち尽くす。
するとにっこりと嬉しそうに笑うレイモンドがベルティーナの手を取ると、椅子に腰を下ろすよう促した。
ベルティーナは用意された紅茶を一口飲み、何とか心を落ち着かせるとレイモンドに尋ねた。
「えっと……レイモンド様、今日は突然どうなさったのですか?」
「ああ。明日のパーティーの迎えの時間を伝えておこうと思って」
言伝でも済みそうなことをわざわざ本人が伝えに来たようだ。
それならば事前に連絡が欲しかったと言いたいところだがそこは何とか堪える。
それに本人がいるのだから迎えを断るにはちょうどいい。
「家からも馬車を出すのですから、結構ですわ」
「いや、そういうわけには」
レイモンドとまた押し問答になりそうな予感にベルティーナは先手をうった。
「私は今までパートナーとパーティーに出席したことはありません。ですから明日はとても緊張しているのです……どうか緊張をほぐすため、行きの馬車は家族と行かせてもらえませんか? そうでなければ私、緊張で会場まで辿り着けないかもしれません……」
(私は女優……私は女優よ!!)
ベルティーナは心の中で唱えながら、大袈裟なほど悲しげな表情でレイモンドに訴えかける。
レイモンドはそのベルティーナの表情にどうしたものかと困ったように眉を寄せる。
(あとひと押し……ここで涙が出れば百点満点だわ!)
ベルティーナは必死に涙を出そうと目に力を入れる。
そして流れはしないものの潤ませることには成功した。
その目でレイモンドを見上げるとレイモンドが一瞬固まる。
「くっ……その表情で見られては断れないな……」
小さく呟かれた言葉は聞き取れなかったが、レイモンドは少し頬を染めるとふっと息を吐きだした。
「わ、わかった。それでは仕方ないな……」
そしてレイモンドは残念そうな悲しそうな顔をしながらも何とか了承してくれた。
(やったわ!! これで会場だけで視線を浴びるだけで済むわ!)
基本的に同じ爵位であれば来た順番で会場に通される。
しかし、途中で上の爵位の者がくれば、その者を先に通すのだ。
レイモンドは騎士公爵なのでどれだけ人が待っていようが、誰よりも先に通されることになる。
ということは会場入り口で入場を待つ大勢の人から一気に視線が集まることになるのだ……
ベルティーナは何とか回避したことに心の中でガッツポーズを取る。
「レイモンド様、ありがとうございます! それでは会場内で待ち合わせしましょう!」
こうして何とかレイモンドの迎えを回避したにもかかわらず、ベルティーナは一人で馬車に揺られていた。
「はーーーー……最悪だわ……」
こんなことなら大人しくレイモンドに迎えに来てもらえばよかった。
レイモンドが来るまで会場の外で待っておきなさいとトリシャに厳命されている。
本来なら先に会場に入れる公爵家の馬車がずっと止まっていることになるにだ。
さらに視線は集中するだろう。
家を出る前に会場前で待っているレイモンドに言伝を送ったので、そんなに待たなくては良いはずだが……
ベルティーナは特大のため息をついた。
その時、ガタッと馬車が揺れると、突然停止した。
「どうしたの?」
ベルティーナがそっと馬車の窓から外を窺うと御者や護衛が倒れている。
「ど、どういうこと…………?」
嫌な感覚にすっと背筋が冷える。
(に、逃げなきゃ……)
緊張で手足が冷えてくる。
それでも何とか逃げなければと震える体を起こす。
すると、バタンと遠慮もなく扉が大きく開かれた。
ベルティーナはばっと視線を扉に向けると、全身黒ずくめの者たちが中に押し入ってくる。
突然のことに頭が追いつかないまま、ベルティーナは無遠慮に口に布を押し付けられた。
(な、何なの!? いや!! 怖い!! 誰か助けて……レイモンド……さ……ま…………)
咄嗟に伸ばした手は誰にも届かず、そのままゆっくり意識が沈んでいった。




