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怪しい人物

 ドレスの件で精神的にどっと疲れたベルティーナは、今日は自室でゆっくり過ごそうと、椅子に腰掛け、読書を楽しんでいた。


 ベルティーナ以外誰もいない静かな部屋でくつろいでいると、いきなり一つの窓が強風でも受けているようにガタガタと鳴り出した。

 他の窓は一切動いていない。

 ベルティーナは驚いた様子もなく、その窓に近づくと呟いた。


「アロイス?」


『やっぱりシュバルツ騎士公爵閣下と出席することになったのですね。それもドレスまで贈られたそうじゃないですか?』




 空気がふわり揺れると、耳の奥に響くような不思議な感覚で揶揄うようなアロイスの声が届く。


「あなた面白がってるでしょう? それにまたどうせ風魔法を使って使用人から話を盗み聞きしてきたのでしょう? なんて趣味が悪いのかしら。バレても知らないわよ」


 表情は伝わらないとわかっていても、ジト目で空中を睨む。


『大丈夫ですよ。バレない人にしか使いませんし』



 この連絡方法は風魔法の応用で、離れたところにいても風に声をのせることで相手と連絡できるのだ。もちろん相手の声を拾うこともできる。

 だからこそ使用人が話していた内容まで拾い、盗み聞きをしてきたのだろう。


 そしてこの魔法は風を魔力で操るため、基本的に魔力が高い傾向にある上位貴族などの魔力感知が優れた人物には使えない。

 ベルティーナがすぐに気づいたところも近くにアロイスの魔力の気配を感じたからである。




「そういうところが性格が悪いって言うのよ!」


『まぁまぁ落ち着いてください』


 こちらをおちょくっているよな声の響きに苛立ちが増す。

 しかし、どうせ何を言っても流されるだけなのでベルティーナは疲れたように息を吐いた。


 この魔法は連絡を取るには便利な魔法だが、相当に魔力操作が難しくアロイスしか扱えない魔法であるらしい。

 風魔法が使えることが絶対条件だが、他の風魔法を使う人に伝授したが誰も使いこなせる人がいなかったらしい。


 ベルティーナは風魔法を扱えないがアロイスが全ての風を動かし、たまに直接来れない時などはこうして連絡を取るのだ。

 年頃のことを考慮してくれているのか、こうして風魔法を使った連絡をするときは事前に窓を揺らしたり合図をくれる。

 一応魔力の反応があるのでわかるのだが、彼なりの気遣いらしい。



『でもこれで安心ですね』


「安心?」


『ええ。シュバルツ騎士公爵閣下が守ってくださるでしょう?』


「全くもって安心じゃないわよ! 私の細かい情報がレイモンド様に知られているのよ! 一体どこから入手したのかしら……」



 先ほどのことを思い出しベルティーナはブルリと震え上がる。



『あなたの細かい情報くらい良いではありませんか?』


「よくないわよ!! 重要よ!!」


 アロイスのどうでもいいというような声音に間髪入れずに返すがそれは丸っと無視された。




『今日あなたに連絡したのはパーティーで警戒してもらいたい人物がいるんです』


 無視されたことに多少不機嫌になりながらもベルティーナが尋ねる。


「警戒? ってことはあの誘拐犯がわかったの?」


『いえ。まだ証拠は得られていませんし、彼が主犯格かもわかりません。しかし関与していることは間違いないです』



 アロイスがなかなか情報を掴めないということは相手も相当警戒しているいうことだろう。


「関与してるか……で? その人物は誰なの?」


『オーディス・ミュルツ侯爵です』


「ミュルツ侯爵が?」


『ええ。あなたもご存知の通り、一方的にヴァイス公爵家に敵意を持ってるかたですよ』



 そういえば以前王妃殿下主催のお茶会で、そのミュルツ家の令嬢であるガリーナに絡まれたことを思い出す。


「あっ! もしかしてあなたがレイモンド様と一緒の方が絡まれたりしないって前に言ってたのはガリーナ様のことだったの? 大丈夫よ! あんなの子供に絡まれているのと同じだもの」



 ベルティーナの言葉に大きなため息が聞こえた。


『あー……もうその話はいいですよ。どうせ伝わらないことでしょうし……』


 表情は見ないはずなのに、アロイスが馬鹿にしたような目でこちらを見ている姿が浮かぶ。


「何よ? はっきり言いなさいよ」




『……とにかくミュルツ侯爵には十分注意してください』


 またしても軽く流された感じに、本当に失礼な奴だわと心の中で憤慨する。

 しかし今はそれよりも大事なことだとベルティーナは何とか怒りをおさめた。



「でもミュルツ侯爵は何で聖属性魔法使いの誘拐に加担なんてしてるのよ?」


『それもはっきりしたことはまだわかっていないんです。ですから誰かが裏で糸を引いているのではないかと思っているのです』


「その誰かが誘拐を指示しているってこと?」


『おそらく……教会にとって聖属性魔法の使い手は大事な宝と同じです。だからこそ警備も厳重で、自ら教会から抜け出すことも難しいと言われてます。しかし今回の被害者は教会が保護している者多くいました』


 そんな中誘拐が行われ、それも一度だけではなく被害者は何人もいるということは……

 ベルティーナはゴクリと唾を飲み込むと重たい口調で尋ねた。


「ということはまさか……教会までグルになってるってこと?」


『その線が濃厚かと……それにミュルツ侯爵はここ最近教会に多額の寄付をしています。あれだけ社交界で教会の信者を馬鹿にしておいてです。怪しいことこの上ないでしょう?』



 ミュルツ侯爵が教会を嫌っていることは有名な話だ。

 とにかくがめついあの男は教会に寄付をするということをとても嫌がっていた。

 教会は何の役にも立たぬ、ただの意地汚い連中だとずっと宣ってきたのだ。

 確かにそんな男がいきなり寄付をしだすなど怪しいと思うのは当然だ。



「確かにそれは怪しいわね。でも前世ではあれだけお世話になった教会が関与してるかもしれないというのは残念だわ……まさかこれほど腐敗していたなんて……」


『その教会ですが、どうやらミュルツ侯爵から寄付を受けているのは王都内の街の教会宛で贈られているようなのですよ。ですから各地全ての教会が関係しているわけでもなさそうなんですよね……その辺りも全て含めて調査中ですので、ベルティーナはくれぐれもパーティー中はシュバルツ騎士公爵閣下から離れないでくださいね』


「いや、だからレイモンド様が安全かどうかは……」


『それでは、またパーティーの日に』


「な……ちょっと!」


 アロイスはベルティーナの言葉を遮ると、言いたいことだけ言い、そのまま風魔法を解いてしまった。

 アロイスの魔法の気配が完全に消えている。




「最後まで人の話は聞きなさいよ!!!!」


 ベルティーナの叫びは虚しくも、相手に届くことなく消えていった。


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