情報漏洩は一体どこからでしょうか……?
コンコン
「どうぞ」
ベルティーナが入室の許可を出すと、大きな箱を抱えたエマが入ってきた。
「どうしたのその箱?」
ベルティーナが尋ねるとエマがテーブルの上にそっと箱を置いた。
「シュバルツ騎士公爵閣下からです」
「レイモンド様から?」
ベルティーナがテーブルに近づくと、エマが箱の蓋を開いた。
そこには青紫色の上質な生地に黒のレースが施され、金の美しい刺繍が入ったドレスが入っていた。
パーティーの開催を数日後にひかえ、レイモンドがドレスを贈ってくれたということはこのドレスを着て欲しいということだ。
「すごく綺麗……」
思わず口をついて出た感想に、しばらくぼうっとドレスを見つめる。
するとエマが小さな声で呟いた。
「なるほど……」
「? エマどうしたの? なるほどって何が?」
「流石はシュバルツ騎士公爵閣下ですね。あからさまなアピールです」
「アピールって?」
エマは何もわかってない様子のベルティーナにため息つくとドレスを指差す。
「このドレスの生地はベルティーナお嬢様の瞳の色。そして金の刺繍はシュバルツ騎士公爵閣下の瞳の色です。レースの黒はシュバルツ騎士公爵家の家紋の基調色でもありますし、閣下の御髪の色でもあります。つまりは……」
「つまりは……?」
「ベルティーナお嬢様は自分のものだから手を出すなという牽制。それも想い合っているかのようにお二人の色を両方入れるとは独占欲丸出しですね」
エマの言葉にベルティーナは一瞬で顔を真っ赤に染める。
これを着て行けば、ベルティーナもそれを肯定していることになる。
「ねぇエマ……これを着ないという選択肢は……?」
「奥様もシュバルツ騎士公爵閣下からドレスが届いた事をご存知です」
ベルティーナはその言葉に崩れ落ちた。
トリシャが知っているということはもはやこのドレスを着る他にないということだ。
他のドレスを着たところで無理にでも着替えさせられるだろう。トリシャが鬼の形相で迫ってくる姿が目に浮かぶ……
「あの……ベルティーナお嬢様? 一度着られてみては?」
「え?……」
「流石にもしサイズが合っていないのならば奥様も無理に着せはしないでしょう。それに今からではこの上質な生地でのサイズの調整は難しいのではないでしょうか? おそらく特注品ですし、専用の技術者でなければ直せないかと……」
ベルティーナの様子に流石に不憫に思ったのかエマが打開策を提案してくれる。
ベルティーナは顔を輝かせてエマを見つめた。
「エ、エマ……ありがとう! そうね! そうだわ! 一度着てみましょう!」
「ねえ、エマ……私ヴァイス公爵家の使用人のことは信用しているし、決してそんなことはしないとわかっているわ」
「はい。決して情報を外に出したりなどいたしません」
「そう。そうよね……」
ベルティーナはじっと姿見に映る自分姿を見つめる。
そして絶望したように両手で頭を抱えた。
「一体どこから漏れたのかしら……? えっ? 何? 私の情報は筒抜けなの!? もう怖いくらいにピッタリサイズなんだけど!?」
「ベルティーナお嬢様、落ち着いてください」
「だってこのドレス、一切キツイところもなければ、ゆるいところもないのよ? むしろ私がいつも着ている服の方がゆるいところがあるわ。採寸も何もしてもらってないはずなのにどうしたらこんなピッタリサイズが作れるのよ!?」
ベルティーナの軽い発狂状態に、エマ宥めるように椅子に座るよう促した。
「ですがベルティーナお嬢様とても綺麗ですし、似合っておいでですよ。サイズのことは気にしないことです」
「じゃあエマは贈られたドレスがサイズを教えたこともないのに怖いほどピッタリでも気にせずにいられるの?」
「………………はい。たぶん……」
「その沈黙は何!? それにたぶんって! 絶対気になるでしょう?」
エマは気まずそうに視線を逸らす。
やはりこれほどピッタリサイズなのは採寸もしていないのに普通あり得ない。
考えられるとすればヴァイス公爵家が衣服をいつも依頼している店だが、流石に顧客の情報を横流しするような真似をするとは思えない。
なんと言ってもヴァイス公爵家御用達という文句は大きな宣伝にもつながるのだ。そんな大口のお客の信頼を裏切るようなことはするはずがない。
ではどうやって手に入れたのか……
そういえば以前、レイモンドの屋敷でのお茶会の時も、偶々だと思っていたが、並べられた菓子は全てベルティーナが好きなものばかりだった。
それに街にデートに行った時もレイモンドが見ていくかと勧めてくれる店も全て、ベルティーナが好みの物が置かれているような気になる店ばかりだった。
ベルティーナはブルリと震える。
やっぱりエマの言うとうりあまり気にしないほうがいいのかもしれない。
考えれば考えるほど背筋が冷えていく。
精神衛生上やはり気にしないほうがいいとベルティーナは頭振る。
「ベルティーナお嬢様、紅茶をご用意しましょうか?」
ベルティーナの顔色が悪いことに気づいたのか、エマが心配そうな目で見つめてくる。
「ええ……そうね……ありがとう、エマ。お願いするわ」
ベルティーナは額に手を当てると、大きなため息をついた。
(もう考えるのはやめよう……どうせ当日はこのドレスを着るしかないのだし。絶対レイモンド様と出席したらすごい注目を浴びる……そんなことまで考えてさらに疲れたくないもの……)
ベルティーナは諦めの気持ちで、エマがいれてくれた温かい紅茶を啜るのだった。




