贈り物とお誘い
魔石とは魔力を内に吸収できる特殊な鉱石である。
鉱石に魔力を流すことで、その魔力吸収し、必要な時に取り出すことができるのだ。
もちろん魔力そのものを吸収させることもできるが、魔力が高いものであればその魔力自体に力を付与させ、それぞれの特有の加護やスキルを込めることもできる。
魔石は魔力を吸収するとその個人の魔力の色に染まる。
しかし色を染めるほどに魔力を込めなければならないので、魔石に魔力を吸収させることができるほどの人物は少ない。
それにさらに加護やスキルを込められる者などほんの一握りなのだ。
魔石自体も入手は難しく、小さい濁ったものが一般的だ。
大きく透明度が高い魔石ほど、魔力を吸収できる量も増えるため、貴重な物になる。
「そうだ。これは魔石だ。もし護衛を外すのであればこれを君に貰ってもらいたい。そして肌身離さずつけて欲しいんだ」
「そ、そんな! ダメですよ! こんな貴重なものもらえません!!」
魔石は貴重だ。
そしてこれほどに大きく透明度の高い魔石など、公爵令嬢であるベルティーナでも見たことがない。
どう考えても、もの凄いお値段がすることはわかりきっている。
ベルティーナが滅相もないとブンブン頭を振っていると、レイモンドは困ったように眉を寄せる。
「もし、これをつけてもらえないのなら、護衛を外すことはできない。これには私の魔力を込めて、君を守るためのお守りを施しているんだ」
「お守りですか……? 加護をつけられたということですか? で、でも……」
「お願いだ。つけてくれ!」
レイモンドからの圧にしばらくじっと見つめ合うも、結局ベルティーナはその圧に負けて頷いた。
「わかりました……」
レイモンドは嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべると、ベルティーナに後ろを向くように促す。そしてベルティーナの首元にネックレスつけた。
レイモンドはベルティーナを見て満足そうに微笑み、頷いた。
「似合っている」
「あ、ありがとうございます」
そのレイモンドの微笑みにベルティーナは頬を染めながら、魔石をそっと指で撫でる。
レイモンドから装飾品をもらったのは初めてで、それに微かに胸が高鳴る。
金色のレイモンドの瞳を彷彿とさせる美しい魔石を見つめていると、ふと思う。
(それよりも……この大きさの魔石に魔力を吸収させたうえ、加護までつけるなんて……レイモンド様の魔力量っていったい……?)
そう考えると少しずつ頭が冷えてくる。
こんな大きさの魔石に魔力を吸収させて、さらに加護までつけるとは常人では考えられぬほどの魔力量と魔力操作能力だ……
ベルティーナも以前、遊び半分で小さな魔石に自分の力を込めてみたことがあった。
その小さな魔石でさえ、色が変わるまで魔力を吸収させるのに相当苦労し、どっと疲れた覚えがある。
これほどの大きさとなればあれの何倍もの力が必要になるだろう。
到底ベルティーナでは作れない。
ベルティーナはレイモンドに視線を向けると尋ねてみた。
「えっと……こんなに大きな魔石に魔力を込めるなんて相当大変だったのでは?」
「その程度、大したことはない」
(え? これ大したことはないの? このサイズで? いやいや! 絶対大したことあるわよ! やっぱ普通の人の常識でレイモンド様を比べてはいけないんだわ……)
ベルティーナは乾いた笑みを浮かべ、これ以上考えても無駄だと頭を振る。
「そういえばベルティーナは今度のパーティーには出るのか?」
「今度のとは、平和を記念したパーティーですよね? あれは出ないわけにはいきませんから」
「誰かとパートナーになる約束はしているのか?」
「いえ、家族と出る予定でしたので」
「そうか……」
レイモンドはチラッとベルティーナを窺うと、一つ咳払いをする。
そしておずおずとベルティーナに尋ねた。
「もしよければ……私のパートナーになってくれないか?」
「パートナーにですか?」
確かに少数ではあるが友人同士でパートナーになり、出席する人もいる。しかしほとんどが家族以外であれば婚約者と出席するのだ。
そのような場にレイモンドのパートナーとして行くということは周囲にそのように見られるということだ。
(どうしよう? やっぱり婚約者でもないのにパートナーとして出席するのはちょっとね……アロイスには誘われたら一緒に出席したほうがいいとは言われたけど……でもレイモンド様のパートナーとして出席するってことは……)
ベルティーナはパーティー会場でレイモンドにエスコートをされている姿を想像してブルリと震えた。
嫉妬に満ちた多くの令嬢からの視線が突き刺さる姿が容易に想像できるのだ。
パーティー中ずっとその視線に晒されなければいけないのかと思うと考えただけでもどっと疲れる。
これは絶対断るべきだ。
「誘っていただいたのは嬉しいのですが……」
ベルティーナが断ろうと口を開くと、それを察したようにレイモンドが遮る。
「こういう言い方は狡いとわかっているのだが……このパーティーはエルドラード帝国をあげて祝うだろ? 一部の場所は平民にも開放される。だからこそ賊も侵入しやすくなる」
城で行われるからこそ警備も厳重にされている。
しかし、毎年どれだけ警備を強化しても全てを取り締まることは難しい。
大きな犯罪は起きずとも、小さなものは多少起こっているのだ。
だがそれは広く一般に開放されている場所だけで、貴族しか入場を許されていないところでは聞いたことはない。
「それはそうかもしれませんが、私たちが入る会場では今まで賊が入ったなど聞いたことがありませんよ?」
「確かに今まではそうだが、今回も必ずしも安全とは言えないだろう。今はあの事件の犯人も捕まっていないし、貴族で聖属性魔法を使える者を拐うなら格好の場だ。だが私が側にいられれば必ず君を守れるだろう。いや……絶対に守ると誓う! だから私のパートナーとして出席して欲しいんだ!」
力強い言葉と必死な表情にドキリと鼓動が跳ねる。自分の中の熱でぼやっと頭に霞がかかったように、すんなりと頷きそうになる。
しかし、『いや待て!』とギリギリのところで心の中でもう一人自分が待ったをかけた。
(確かに賊から守ってもらえたとしても、そのレイモンド様自身が間違いなく安全とはいえないのよ! それに令嬢たちからの嫉妬で別の危険が出てくる可能性もあるわ!)
そう考えるとやっぱり家族と出席した方がずっと安全に思える。
ベルティーナはやはり断ろうと口を開いたところで、またもレイモンドに遮られる。
「お願いだ……」
心からの願いだと言わんばかりに、絞り出すような声で、必死に懇願される。
そしてとどめとばかりにベルティーナの手を優しく包み込むと、美しすぎる顔をとても悲しげに歪める。
「ダメか……?」
大人の男性であり、いつもかっこいい姿を見せているというのにこの顔は反則だ。上目使いでこちら窺う表情は不安気な小さな子供のようで可愛らしく見え、どんなお願いでも頷きたくなる。
この表情と声音で懇願されれば、一体誰が断れるだろうか……
待ったをかけたもう一人の自分の声が徐々に遠のいて行く。
『ちょ、ちょっと! もっとはっきり自分の意思を通さなきゃ! だめよ! ちょっとしっかりして〜!!……』
その声が断末魔の叫びを残して消えた時、ベルティーナは「わかりました」と大きく頷いた。




