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見守られるのも疲れます

「一体何なの!?」


 ベルティーナは自室で大きな声で叫ぶ。

 どこへもぶつけられない気持ちをソファーに座りながらクッションを握り締めることで堪える。




 コンコン


「ベルティーナお嬢様、失礼いたします」


 ノックとともに声をかけ入ってきたエマはいつもの感情があまり見えない表情で話しかけた。


「ベルティーナお嬢様、そろそろ外出の準備をしなければいけませんが……」


「それはわかっているんだけど……ねぇ今日はどう?」


 ベルティーナが恐る恐る尋ねると、エマは淡々と告げる。


「はい。本日も屋敷の前にシュバルツ騎士公爵家の使用人と思われるかたがおられました」


「やっぱり……ねぇ、今日の外出は取りやめられないかしら……」


「本日は奥様の代理での出席とのことですし、それは難しいのではないでしょうか?」



 そんなことはベルティーナもわかっているのだが、言わずにはいられなかった。


 ここ数週間、ベルティーナの悩みの種となっていることがある。

 事の始まりはアロイスに会った数日後だった。





 その日、ベルティーナはヴァイス公爵家お抱えの仕立て屋に行っていた。


 トリシャから最近服を仕立てていないし、新しい服でも仕立ててきてはと提案されたのだ。

 いつものは節約だと、そんなことは滅多に言わないトリシャが提案してきたことに最初は驚いた。

 しかしトリシャの表情でなんとなく納得する。


 おそらくその真意はレイモンドに会うのであればもっと衣装を増やし、アピールをしろということだろう。

 トリシャとしては何が何でも娘と騎士公爵を結婚させたいのだ。


 ベルティーナはトリシャの意図にため息をつく。

 しかし普段トリシャがこんな奮発してくれることもないので、せっかくだし衣装は仕立ててもらおうと割り切ることにした。




 そして仕立て屋で店員が席を外し、椅子に腰掛けて待っているときだった。

 エマがずっと窓の外を見ているのに気づいた。


「エマ? 何か気になることでもあるの?」


 エマはベルティーナに視線を向けると、いつものあまり動かない表情で告げた。


「ベルティーナお嬢様は愛されてますね」


「は?」


 その突拍子もない言葉にベルティーナが首を傾げる。


「えっと……それはどういう意味?」


「ベルティーナお嬢様は気づいていらっしゃらないのですか?」


「だから何が?」


 ベルティーナの言葉にエマは窓の外を指差す。

 ベルティーナは不思議に思いながらも、エマの隣に行くと、指差す方へと窓の外を覗いた。

 そこにはシュバルツ騎士公爵家の家紋の入った馬車が道の端に停まっていた。


「あら? シュバルツ騎士公爵家の馬車じゃない。この辺に用事でレイモンド様がいらっしゃってるのかしら? でもいつものレイモンド様の馬車じゃないわね……」


 ベルティーナがそう口にすると、エマが小さくため息をついた。


「きっと目立たないようにですよ。それにこの辺に用事というわけではないと思いますよ?」


「え? それってどういうこと?」


「ベルティーナお嬢様は本当に気づいていらっしゃらなかったのですね」


 エマの言葉にベルティーナもう一度首を傾げた。



 エマによると、ここ最近よくベルティーナが行く先々でシュバルツ騎士公爵家の馬車を見るのだと言う。

 馬車がない時はおそらく騎士公爵家の使用人と思われる人がいるそうだ。

 各家々で使用人の服装も多少異なる。騎士公爵家の使用人の衣装は上質で、使用人同士でも高位貴族の使用人であれば、何となくどこの家に仕えているかわかるのだそうだ。





「ベルティーナお嬢様が外出の予定がある時は大抵ヴァイス公爵家の前に馬車が停まっていたり、使用人がいるのです。そして外出先にも着いてきてますね」



「え?……それって……」


 こっそり見られたり、後をつけられたり……間違なくそれは……


(私監視されてる!? と言うかそれってストーカー的な……)


 ベルティーナは顔を青くするとブルリと震えた。


(えっと……待って……それじゃあもしかしてアロイスのところでレイモンド様に会ったのも……?)


「ね、ねぇエマ。それっていつ頃からかわかる?」


「そうですね……おそらくベルティーナお嬢様がシュバルツ騎士公爵閣下と街へデートに行かれた後からだったのではないでしょうか?」


 ということはかれこれ二週間以上ずっと着いて回られていたということだ……


「……そうだったの……」


「はい。ですからベルティーナお嬢様も気づいていらっしゃるかと思っておりました」



(そうよね……まさかこれほど私って鈍感だったなんて……)


 確かにヴァイス公爵家の馬車で出かける時は護衛をつけていることもあり、気が抜けているのかもしれない。

 だがまさか二週間も全く何も気づかないとは自分でも驚きである。

 ベルティーナは頭を抱えながら、自分の不甲斐なさに大きなため息をついた。



「は……最悪だわ……」


 エマはベルティーナの言葉に首を傾げる。


「そうですか? それほどベルティーナお嬢様を愛されているということでは?」


「それさっきも言ってたけど、どう考えてもおかしいでしょう!? 相手をつけ回すなんて犯罪一歩手前の嫌な感じしかしないじゃない!!」


「護衛のためでしょう? ベルティーナお嬢様を心配されてのことでしょうし」


「護衛って……エマ何か聞いてるの?」


 シュバルツ騎士公爵が護衛していると判断するということはエマは何か聞いているということだ。

 街でのデートの後ということはベルティーナが聖属性魔法を使うとレイモンドが知った後だ。

 ベルティーナが聖属性魔法を使えることを家族にも使用人にも秘密にしていたことはレイモンドに話していない。


(これってもしかして屋敷のみんなにバレちゃったってことかしら……)


 嫌な予感にエマの答えを待つ。


「シュバルツ騎士公爵閣下が捜査している事件でベルティーナお嬢様と近い年齢の方が被害にあわれているから、警備を強化したほうがいいと言われたとお聞きしております。ですが年齢が近いというだけでそう言われるなんて、相当心配されているということでしょう? ですから愛されてますねと申し上げたのです」


 エマの言葉にベルティーナは安堵の息をついた。

 きっと先日のベルティーナの反応で、聖属性魔法のことは念のため屋敷の者にも言わないほうがいいと判断したのだろう。

 なんだかんだでレイモンドはベルティーナのことを考えて行動してくれる。

 そう思うと嬉しいような、むずむずとするような暖かい気持ちになる。

 ベルティーナはあの優しげな笑顔を思い出して頬を微かに染めつつ、心の中でお礼を言った。


(レイモンド様、ありがとうございます)



 と、ニ週間前は思っていた……

 しかしこのニ週間の間もベルティーナが外出の予定があると必ずシュバルツ騎士公爵家の者が現れる。

 ずっと見られていると思うとやはり気疲れする。

 それに外出する予定時間の少し前になると現れるのだ。一体どこからそんな詳細な情報を得ているのだという恐怖もある。


 ベルティーナは大きなため息をつくと、エマにそれとなく急かされながら、外出の準備に取りかかった。



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