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程よい距離感が大事です。

(…………狭い!! そして近いわ!!)


 流石は騎士公爵所有の馬車とだけあって、中は広々として、乗り心地も良い。

 そう、広々としているのだ……


 向かいの席は大人二人が座ってもまだまだ余裕があるような作りだ。

 もちろん今ベルティーナが座っている座席も同様だ。


 なのに何故かベルティーナのすぐ隣に隙間もなく、レイモンドが座っている。

 これだけ広々としているというのに角に追い詰めるように、詰めて座るレイモンドにどこか以前も体験したことがあるような既視感を覚える。


「ベルティーナ……」


 名前を呼ばれ、ベルティーナがビクッとしてレイモンドのほうを向くと、グッと顔を近づけてくる。


(ひぃっ!! だから近いわよ!!)


 心の中で悲鳴をあげつつ、何とかレイモンドと目を合わせる。

 レイモンドは観察するようにじっとベルティーナの目を覗き込む。

 そして次の瞬間、名前を呼ぶと同時にドンっという音が響いた。




「ベルティーナ」


「はひぃっ……!!」


 声が上擦るも仕方がない。

 むしろ叫び出さなかったことを褒めてほしいくらいだ。


(あれよ!!……やっぱりあの時と同じ状況だわ…………)


 そう、あの王宮でのお茶会の後、廊下で会った時と同じく、ベルティーナの頭はレイモンドの両手に挟まれ、まさにあの時と同じ壁ドン状態である。


(え……何? レイモンド様は壁ドンがお好きなの?)


 レイモンドの人柄を知ったためか以前ほどの恐怖は感じないが、しかしこんな至近距離で美麗過ぎる顔に見つめられるのは耐え難い。呼吸すら間近に感じるほどの距離にドキドキと鼓動が高鳴る。

 そしてその瞳の奥に甘い光を見た気がして、ベルティーナは小さく震えた。

 頭の中が混乱し、何も考えられなくなる。



 レイモンドはしばらくじっとベルティーナを見つめると、ふっと顔を曇らせる。そしてベルティーナに問いかけた。


「その……彼は……アロイス・ベルガーは君とはどういう関係だ?」


「え? えっと……アロイスですか……?」


(何でアロイスのことを……? レイモンド様はやっぱり前世の記憶があるの? もしそうだとして、アロイスのことを聞いてくるってことは……もしかしてアロイスがアルドの生まれ変わりだってバレた……?)


 彼も魔王討伐に同行した魔導師だ。

 もはやそんなことは考えたくはないが、レイモンドがもし前世の復讐から魔王討伐に向かったものたちの情報を集めているのだとしたら、ここで下手なことは言えない。

 ベルティーナは先ほどとは全く違う意味で鼓動が速くなる。


「アロイスとは……えっと……幼馴染! そうです幼馴染です!」


「幼馴染? 昔から仲がいいのか?」


「え? 仲が良いですか?」


 あれはもう仲が良いというか腐れ縁だ。

 ベルティーナとしては彼が前世の記憶を持っておらず、ああして幼い頃に話しかけられなければ決して関わらなかっただろう。



「二人の話し方が気を許した相手に向けるものに見えた。もしかするとベルティーナが私からの求婚を保留にしているのは彼との婚約を考えていたから」


「違います!!!」


 ベルティーナはレイモンドが話している途中で食い気味で否定する。

 まさかアロイスのことを好いていると思われるとは……

 ここは絶対に否定しなければという思いで、さらにブンブンと頭を横に振る。





 以前、ベルティーナは一度トリシャに言われた事があった。

 その時も情報共有のため、アロイスがヴァイス公爵家を訪れていた。


「ねぇ、あなたたち随分仲が良いようだけど……もしかして……」


 トリシャからすれば、家格はヴァイス公爵家より低いが、これだけ娘が頻繁に会って、好いている相手ならばと思ったのだろう。

 しかしベルティーナはあり得ないとその時もすぐに否定した。

 まさか情報共有のため会っているだけなのに婚約者などにさせられてはたまらない。



 そしてふとアロイスを見る。

 一瞬げんなりとした嫌そな不服そうな表情を浮かべるも、何とかトリシャの機嫌を取るため必死に引き攣った笑顔を浮かべていた。


(なっ!? 私だって嫌よ!! 表情から心情が丸見えなのよ!! 本当に失礼なやつだわ!!)



 その時のイラッとした、あのむかつく表情が忘れられないのだ。

 こちらだって絶対お断りだという意思を込めて全力で否定したおかげか、その後トリシャからアロイスとの婚約の話を持ち出されたことはない。



 ベルティーナとしても誤解を避けるため、アロイスに会うのは魔法について教えてもらうためということにしている。

 アロイスの魔法の才能は今や周知の事実なので、そう言えば疑われることもない。

 逆に言えばアロイスに魔法を習っていると思われているからこそ、ベルティーナが自宅で魔法を使用することは禁止されているのだ。

 大惨事を引き起こさないため、魔法に詳しい者のいるところでしか使用するなという事である。




 そんな以前の嫌な出来事を思い出していると、ふと圧迫感が消えた。

 レイモンドへ視線を向けると、隣の少し離れた位置に座りなおす。


「そうか……それならいいんだ」


 レイモンドはほっとしたように息を吐き出した。

 そしていつもの優しげな笑みを取り戻し、ベルティーナをニコニコと見つめる。

 先ほどの圧迫感は消えたとはいえ、何が楽しいのかずっと隣から嬉しそうな表情で優しげな視線を向けられる。

 結局ヴァイス公爵家に着くまでそれは続き、ベルティーナはどっと疲れて帰ってきたのだった。



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