偶然……ですか?
「おや? お帰りですか?」
「ええ。伝えたかったことは伝えたし」
ベルティーナが歩き出すと、見送りのためアロイスも後ろをついてくる。
「ですが本当に騎士公爵閣下からお誘いがあればパートナーとして出席した方がいいと思いますよ」
「え? 何でよ? レイモンド様は元魔王なのよ? 二人で出席する方が危険でしょう?」
「閣下と出席すれば誰にも絡まれることはないでしょう? 誰も彼を敵に回したくはないでしょうし」
「絡まれるって……私絡まれたことなんてないわよ」
そのベルティーナの言葉にアロイスがやれやれというように首を振り、小さく呟く。
「ああ……そういえばあなたは人の好意に気づけない残念なかたでしたね……」
アロイスの言葉は聞こえなかったが、残念なものを見るような眼差しにベルティーナは何よという目で見返す。
(この目……絶対失礼なことを考えてるわね!)
ベルティーナがむっとした顔で見返すと、アロイスがため息をついた。
「まぁとりあえず、聖属性魔法の使い手誘拐のこともありますし、くれぐれも注意してくださいね」
「わかってるわよ」
そして門の近くまで来た時、アロイスの顔が突然はっとしたように引き締まる。
「アロイス?」
その表情の変化を疑問に思いながら、アロイスの視線の先を見つめてベルティーナは「ん?」と目を凝らす。
そこにはここに現れるはずのない人が門に背を預けて腕を組んで立っていた。
それだけで絵になる姿にベルティーナは頬を引き攣らせる。
「な、なんでここにレイモンド様が……?」
ベルティーナの声が聞こえたのか、レイモンドの視線がベルティーナに向く。
そしてベルティーナの姿を捉えるとにっこりと笑みを浮かべた。
「やぁ、ベルティーナ」
その満面の笑顔にベルティーナは一度は引き攣った顔に、何とか笑みを貼り付けた。
「レ、レイモンド様こんにちは。何故こちらに?」
「偶然仕事でこの辺に来ていたら、偶然君の家の馬車を見つけたんだ。こんなところで偶然会えるとはね」
(偶然をすごく強調してるけど……どう考えてもおかしいでしょう! 偶然を強調しすぎて逆に怪しいわ! しかもこんな時間に……)
この付近はベルガー伯爵家の屋敷しかなく、しかもこの時間は会議などが行われることも多い。
現にベルティーナの父親もベルガー伯爵も今日は会議に出席するため朝から外出していた。
さらにフリードが外出時に言っていたのだ。
「今日は大きな議題の会議だから、上位貴族のほとんどが出席なんだ。きっと今日は遅くなるだろうな……」
疲れを滲ませながら、そう言ったフリードの顔を思い出す。
上位貴族筆頭であるレイモンドが呼ばれないわけがない。
どう聞いても怪しすぎる言葉にベルティーナは疑いの目を向ける。
しかしそんな視線を気にすることもなく、レイモンドはベルティーナに会えたことが嬉しいのだというようにさらに笑みを深める。
そしてふとアロイスに視線を向けると、一瞬で今まで浮かべていた笑みが消える。
「君は確か……ベルガー伯爵家の三男だったか?」
「はい、シュヴァルツ騎士公爵閣下。ベルガー伯爵家三男、アロイス・ベルガーと申します」
レイモンドの冷ややかな目に臆することもなく、完璧な猫を被った微笑を浮かべアロイスが挨拶する。
「私はレイモンド・シュヴァルツだ」
「もちろん閣下のことは存じ上げております。こうして直接お話でき、大変光栄にございます」
レイモンドはアロイスの挨拶に頷くと、またすぐベルティーナに視線を向ける。
「ベルティーナは今から帰るのか?」
「ええ……レイモンド様はベルガー家にご用が?」
「いや、私もちょうど帰るところだ。せっかくだし、君の家まで送ろう!」
「えっ! あ、あの……」
ベルティーナは怪しすぎるレイモンドからなんとか距離取ろうとジリジリと後退する。
(いや……ちょうどって……門の前に立っている時点で待ち伏せと言うのでは……?)
どうにかして彼には先に帰ってもらおうと、口実を作る。
「あっ!! 私まだアロイスに話すことがあったのですわ!!」
「私はいつでも大丈夫ですよ、ヴァイス公爵令嬢。もし必要であれば、私のほうから伺いますから、今日は騎士公爵閣下に送っていただいては?」
しかし味方と思っていたアロイスからのまさかの砲撃にベルティーナばっとアロイスに鋭い視線を向ける。
(なっ……アロイス!! 裏切ったわね!!)
アロイスは満面の笑みを浮かべて、ベルティーナを送り出す準備をしている。
しかもちゃっかり自分とはあまり関係が深くないのだと主張するように、今まで名前呼びしていたくせにヴァイス公爵令嬢など他人行儀な呼び方までしている。
(こ、こいつ〜!!)
張り倒したい衝動を必死に堪えていると、レイモンドがアロイスに尋ねた。
「いいのか?」
「ええ。私は閣下ほど忙しくないですから。どうぞ彼女を無事に送り届けてくださいませ」
レイモンドはもちろんだと頷くと、ベルティーナの手をそっと取る。
「では行こうか?」
「え? あ、あの!」
ベルティーナが反論する間も無くレイモンドの馬車へと案内される。
「私は自分の家の馬車に乗りますわ!」
「せっかくだし、私の馬車に乗ってくれないか? 君と少しでも話がしたいのだが……」
レイモンドの不安気な窺うような表情に、ベルティーナは「うっ……」と言葉に詰まる。
街でのデートの時も思ったが、レイモンドは意外と強情なのだ。
しばらくお互い引かずに見つめ合う。
しかしこのまま見つめあっていても埒があかない。
結局はベルティーナが折れることになり、ため息をつきながらもわかりましたと頷いた。
ベルティーナは馬車に乗り込むと恨みがましい目でアロイスを見つめる。
しかしアロイスは満面の笑みでこちらに手を振っている。
「お二人ともお気をつけて」
(アロイスめ! 私をよくも売ったわね!! 覚えてらっしゃい!!!)
ベルティーナは心の中で全力で叫ぶ。
しかしその叫びも虚しく、馬車は走り出した。
二人の乗った馬車をしばらく見つめアロイスはふっと息を吐き出した。
「流石騎士公爵閣下……圧が違いますね。ベルティーナは相当怒っていましたけど、あの閣下の様子はどう見ても……」
アロイスは今度会った時のベルティーナの噛み付くような表情を思い浮かべて苦笑する。
話を聞いていても思ったが、やはりどう見ても騎士公爵がベルティーナに危害を加えようとしているようには全く感じられない。
それであれば彼こそが最強の守りになるのではないか……
馬車が角を曲がり、見えなくなる。
「シュヴァルツ騎士公爵閣下、彼女を頼みましたよ」
小さく呟き、屋敷のほうを向く。
そしてグッと伸びをする。
「さて……私は私の仕事をしましょうか」
すっと引き締めた表情に口元だけ笑みを浮かべ、アロイスは屋敷に向かって歩き出した。




