不穏な気配
その後、ベルティーナは結局誤解を解けないまま、二人を教会の孤児院へと送り届けた。
そして今、屋敷に戻るためレイモンドと二人、馬車に乗っている。
(……き、気まずいわ……)
レイモンドは馬車に乗り込むと難しい顔でずっと黙りこくっている。
やはり聖属性魔法がバレてしまったのが原因だろうか。
せめてレイモンドが前世の記憶を持っているのかどうかだけでもわかれば、今後の行動を選択できる。
ベルティーナ意を決してレイモンドに尋ねてみた。
「あ、あの……レイモンド様?」
「ああ。すまない。考え事をしていた」
ベルティーナの窺うような声にはっとしたように、いつもの優しげな表情が戻る。
「考えごとですか?」
「ああ……君に話そうか迷っていたのだが……やはり君は知っておくべきだと思う」
レイモンドの重たい雰囲気にベルティーナも緊張から表情が固くなる。
ついに聖女について話をすることになるのだろうか……
ベルティーナは唾を飲み込み、レイモンドの次の言葉を待った。
しかしレイモンドの話はベルティーナの予想とは全く違うものだった。
「実は私は極秘に陛下からある事件の調査を依頼されているんだ」
「……事件の調査ですか?」
レイモンドは頷くとその詳細ついて話し始めた。
「最近、聖属性魔法の使い手を誘拐する事件が増えているんだ」
「誘拐!?」
「ああ。被害者たちは基本的には数日後には必ず帰って来るようなのだが、皆誘拐されている間の記憶が曖昧でほとんど何も覚えていないんだ」
「何も覚えていないのですか? それは薬で眠らされていたということでしょうか?」
「いや……薬の反応は出なかった。おそらく魔法だと思われる」
「魔法……それではまさか……!」
魔法でそのようなことができるとすれば、闇属性魔法を使ったということだ。そしてそれは魔族が関わっていることを意味する。
何故ならば、今まで闇属性魔法を使えたという人間が確認されたことがないのだ。
闇属性魔法であれば精神系で相手を惑わしたり、睡眠状態にさせることができる。さらにはそれだけではなく、純粋に力を放出することで、力技の攻撃もできる。
そして魔王四天王と呼ばれるほど強力な力を持つものは特殊な力を持つものもいるという。非常に厄介で危険な魔法だ。
「いや、まだそうと決まったわけではない。しかし不思議なのは誰が一体なんのためにそんなことをしているのかということだ。それにもう一つ……被害者は皆ベルティーナと近い年齢の女性なんだ」
ベルティーナはなんとなくゾクっとするような嫌な感覚に無意識に腕をさする。
その様子にレイモンドが心配そうな視線を向ける。
「怖がらせてすまない……しかし君は聖属性魔法が使える上に、被害者と年齢も近い。本来は極秘事項だから漏らしてはならないのだが、やはり君は知っておくべきだと思ったんだ」
レイモンドがベルティーナのことを考えて教えてくれたことはわかる。自分の身に降りかかるかもしれない危険を知れたのは良いことだ。
しかし相手の正体も目的も全くわからないということに、やはり不安は大きくなる。
ベルティーナが考え込んでいると、レイモンドがそっとベルティーナの手に自分の手を重ねた。
「心配せずとも大丈夫だ。君のことは私が守る」
その言葉に体の強張りが少しずつとけていく。
彼は元魔王だ。完全に信じ切ってはいけない。
そうは思うものの、その優しげな眼差しに心がほぐれていく。
ドキドキと心臓が脈打つ感覚にベルティーナはレイモンドから視線をはずし、うつむいた。
「レイモンド様、ありがとうございます」
レイモンドがふっと笑う気配を感じたが、顔を上げればまたあの優しい眼差しで見つめられるのだと思うと、恥ずかしくてなかなか顔をあげられなかった。
「アベル! フラン! 心配したのですよ!」
二人は後ろからかけられた声にびくりと肩を揺らすと振り向いた。
「すみません……」
「ご、ごめんなさい」
二人はその人物を確認するとすぐに頭を下げた。
男性はため息をつきながら二人の前で足を止める。
そして仕方がないという表情になった男性を見て、フランはぱっと顔をあげる。
「でも今日はとてもいいことがあったんです!」
「おや? どうしたんだい?」
「お、おい! フラン!!」
アベルはフランに約束しただろというように目で訴える。
しかしフランはウズウズしたように、話しかけてきた人物とアベルを交互に見る。
そしてついに堪えられなくなったように話し出した。
「でも、神父様だよ! きっと神父様にだけなら大丈夫だよ! 他の人に言わなければいいんだから! 僕たちのことをずっと大切に育ててくれている神父様こそ天使様のこと知っておくべきだよ!」
「天使様?」
「うん! 今日街で天使様にあったんだ!」
アベルはやってしまったというように額に手をあてる。
それでもフランは止まることなく話し続ける。
「僕がまた苦しくなって倒れちゃったら天使様が現れて助けてくれたんだ!」
「そうですか……あなたが無事でよかったです。ところでその天使様というのはどんな見た目だったのですか?」
「うーんと……アイスシルバーの髪に紫色の瞳のとっても綺麗な女の人だったよ!」
「そうですか。是非お礼がしたいですね……その天使様の名前はわからないのですか?」
「えっと……一緒にいた黒髪に金の瞳のすっごくかっこいいお兄ちゃんが名前を呼んでたんだけど……」
「ほらっ! もう行くぞ! すみません神父様、名前までは覚えていないんだ」
「え……でも……」
アベルはフランの手を引っ張るとそのまま部屋に向かって歩き出す。
「お休みなさい神父様!」
「ア、アベル……? お、お休みなさい神父様!」
アベルはそう言い残すと、戸惑うフランを連れて逃げるように去っていった。
「ふっ…………」
先ほどまでの優しげな笑みが、一瞬で何か企むような嫌な笑みに変わる。
誰もいない月明かりがさす廊下でニヤッと嫌な笑みを浮かべる姿はどう見ても優しげな神父の顔ではない。
「あー……子どもの世話など真っ平ごめんだと、しかし教会を隠れ蓑にするには仕方ないと思っていましたが……たまにはいい働きをするものですね……」
その慈愛も何も感じられない、冷え切った声を聞くものは周りには誰もいない。
暗い廊下を歩きながら嬉しげににっこりと笑う。
「これはあの方達も喜んでもらえるでしょう」
機嫌よく歩きながら、男は部屋に戻る。
そして黒いローブを羽織ると人の気配のない裏口から外に出た。
「今日は良い夜ですね……」
そう言ってニヤッと笑うと、暗い夜の闇の中へと紛れていった。




