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使いどころが重要です

 広場から少しそれ、住宅街に入る。


(えっと……たぶんこっちのほうだと思ったんだけど……)


 立ち止まって耳を澄ませる。

 すると鼻を(すす)る音が聞こえてくる。そして先ほどよりは鮮明に声が聞こえた。


「大丈夫だからな。にいちゃんが助けてやるから、もう少し頑張るんだ」


 今にも泣き出しそうな震える声で必死に誰かに語りかけている。


(子どもの声よね……?)


 ベルティーナは声の聞こえたほうへとさらに進んでいく。

 そして一本の路地の前で立ち止まる。


(……ここかしら?)


 大通りから路地を覗き込むと、奥のほうに小さな影が見えた。

 大通りより薄暗い路地に一瞬入るのを躊躇(ためら)うが、それよりも先ほどに声が気になった。

 ベルティーナは意を決して一歩踏み出す。そしてさらに足を進めると、小さな影の姿がはっきりと見えてくる。


 そこには五、六歳ぐらいの男の子が地面に倒れていた。

 その隣に倒れた男の子よりさらにニ、三歳ほど年上のように見える男の子が必死にその子を持ち上げようとしていた。


「!! あなたたちどうしたの!? 大丈夫!?」


 ベルティーナはその様子に驚きつつも、子どもたちに急いで駆け寄り、倒れた男の子を確認する。

 呼吸が荒く、意識が朦朧(もうろう)としているようだ。

 ベルティーナの声に持ち上げようとしていた男の子が驚き、一瞬ビクリと肩を震わせる。

 そして遂に堪えきれなくなったようにポロポロと涙をこぼした。


「お、俺がいけないんだ……こいつ体が弱いのに大丈夫だって連れ出したから……」


「この子はあなたの弟?」


 ベルティーナは倒れた男の子の様子を見ながら話しかける。この子を知っているのはもう一人の少年だけだ。

 

「俺たち教会の孤児院に住んでるんだ。本当の兄弟じゃないけど、弟みたいなもんなんだ……ねーちゃんお願いだ!! 助けてほしい!! 教会まで行けば聖属性魔法が使える人がいるんだ。だからそこまでこいつを運ぶの手伝って欲しいんだ!!」


 男の子は涙を流しながら必死に訴える。

 ベルティーナは男の子を落ち着かせるようにそっと頭に手を置いた。


「大丈夫だから!」


 ベルティーナが微笑むと男の子は安心したのか、鼻を啜りながら頷いた。


(でもこの子……だいぶ状態が悪いわ……教会までもつかも怪しいし、それに多分教会にいるような聖属性魔法を使える人ではこんな状態のこの子を治すことはできないんじゃ……)


 確かアロイスに以前聞いたことがある。

 教会に集められている聖属性魔法の使い手はあまり能力の高いものはいないと言っていた。

 十和の力を知っているからこそ余計にかもしれないが、それでもその能力差は雲泥の差だと言っていた。


 怪我などであれば十分治すことができるが、病気などを治すとなると相当な力が必要となる。前世のアルドの祖母の病気を他の聖属性魔法の使い手が治せなかったように……

 今教会にそんな力を持った使い手はいないはずだ。

 教会は求心力を求めている。おそらくそれほど力の強いものがいれば、聖女として祭り上げられているはずだ。


(教会に連れて行っても無理だとしたら……)


 ベルティーナは倒れた子どもに視線を戻す。

 ベルティーナであればこの子を治す力を持っている。

 なんと言っても元聖女であったのだから。しかし……


(でもここは大通りから近いし……それにレイモンド様も近くにいるし……)


 もし力を使ったところを見つかれば、今まで隠してきたことが全て水の泡になってしまう。

 教会にバレればすぐに教会に連れて行かれてしまうだろう。

 たとえ抵抗してヴァイス公爵家で圧力をかけようとも病気を治せるほどの使い手を教会が諦めるとも思えない。


 それにもし、レイモンドに聖女の力があるとバレてしまったら……それが最も恐ろしい……

 ベルティーナが考え込んでいると、男の子がベルティーナの肩を揺する。


「ねーちゃん! ねーちゃん! 早く運ぶの手伝ってくれ!」


 ベルティーナははっとして自分の思考から意識を戻すと、倒れた男の子を見つめる。

 ずっと荒い呼吸を繰り返し、苦しそうに顔を歪ませている。

 こんな小さな子が必死に頑張っているのだ……


(私ったら何を考えているのかしら……人の命が一番大事に決まっているじゃない!!)


 ベルティーナはパンパンと両手で自分の頬を叩く。

 肩を揺すっていた男の子はその様子にびっくりしたように目を見開く。


「ね、ねーちゃんどうしたんだ?」


「大丈夫よ! ところであなたとこの子の名前は?」


「え? えっと……俺がアベルで、こいつがフランだ」


 アベルはベルティーナの様子に突然どうしたんだ?という表情をしつつも自分たちの名前を答える。


「そう。アベルにフランね! じゃあアベル、絶対にフランを助けましょう!」


 ベルティーナはアベルに笑いかけると、フランを抱き上げた。

 その様子にアベルはきょとんとした表情でベルティーナを見つめる。


「さぁ! それじゃあ行きましょう!」


「あっ! 待ってくれよ! ねーちゃん!」


 ベルティーナが速足に歩きだすと、その後ろをアベルが急いで追いかけて行った。


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