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無表情は健在です

 レイモンドはベンチの前につくと、ベルティーナを座らせる。


「レイモンド様? あちらのお菓子を買いに行くのでは?」


「ああ。だが少し疲れただろう? ベルティーナはここで待っていてくれ。私が買ってくる」


「いえ、私も行きます!」


 ベルティーナが立ちあがろうとすると、レイモンドが手で制する。


「待っていてくれ。すぐ戻る」


 レイモンドは労るように優しげに微笑むと、屋台のほうへと歩き出した。


 レイモンドを見送ったベルティーナはふっと息を吐くと、自分の手で顔を(おお)い、プルプルと小さく震えながら下を向く。

 そして心の中で感情を爆発させた。


(もー!!! いったい何なの!? これじゃあ勘違いしちゃうじゃない!!)


 レイモンドの行動はまるで愛おしいものにする行動だ。

 あんな綺麗な顔で、優しげな表情で、ベルティーナを気づかように行動する。

 街中を移動している時も常にベルティーナを気にかけ、歩幅が合うようにゆっくり歩いてくれる。

 レイモンドの長い足であれば本来、ベルティーナは速歩きにならなければ歩幅は合わない。しかし、ベルティーナは一切速足になることもなく、呼吸が乱れることもない。

 さらにはこちらの表情を見て疲れていないかを確認してくるのだ。


 自分では表情に出ないように気をつけていたが、今もきっと少し疲れが顔に出ていたのだろう。

 だからこうして休憩できるような広場に向かい、ベンチに座らしてくれたのだ。


 ベルティーナは心の中のムズムズする吐き出せない感覚に何度か深呼吸して自分を落ち着かせる。

 そしてゆっくり顔を上げると、屋台のほうに視線を向ける。


 すると屋台列に並びながらこちらを見ていたレイモンドと視線が合った。レイモンドは視線が合ったことに嬉しそうに笑うと、ベルティーナに向けて小さく手を上げる。

 その表情に鼓動を跳ねさせながらも、ベルティーナ自身も小さく手を振り返す。

 そんなまるで恋人同士のような甘い雰囲気に余計に鼓動が大きく跳ねる。



 そんな二人の甘やかなやり取りを見ていた周りの女性たちの視線が二人に集中する。

 ベルティーナに向け、柔らかい笑みを浮かべたレイモンドの近くに並んでいた女性たちがぽっと頬を染める。


 惚けたようにレイモンドを見つめている女性たちの中で、真後ろに並んでいた二人組の若い女性がレイモンドに話しかけた。


 ベルティーナの位置からはどんな会話がされているのかは聞こえない。しかし女性たちの熱い視線と前のめりな姿勢から見て、おそらくレイモンドにアピールしているのだろうと(うかが)える。


(社交界でもすごい人気っていうけれど、やっぱりどこへ行ってもあれだけ見た目が美しければ女性がほっておかないわよね……)


 ベルティーナは少しモヤっとした気持ちでその様子を窺う。

 レイモンドは話しかけてきた女性たちに視線を向けると、先ほどまでベルティーナに向けていた優しい笑顔が嘘だったかのように感情が一切見えない無表情に変わる。

 その表情の変化に女性たちも戸惑っているようだ。


(あ……あれが噂のレイモンド様の無表情ね……)


 ベルティーナが相手だとレイモンドは基本的にいつもニコニコしている。

 確か一度、無表情を見たことがあるが、そこには怒りのような感情の起伏が見えた。

 あの噂に聞く表情筋がないのではと言われるような、感情が一切見えない無表情はベルティーナは今まで見たことがない。

 むしろ逆に感情豊かだと思うほどだ。

 しかしどうやらそれはベルティーナ限定であるようだ。



 ベルティーナが観察を続けていると、一言二言、言葉を交わしたレイモンドは女性たちから視線を外し、拒絶するように前に向きなおる。

 女性たちはお互いの顔を見合わせながらも、背を向けたレイモンドに果敢にも、もう一度話しかける。


 レイモンドがもう一度後ろを振り返り、一言だけ話すと、またすぐ前を向いた。

 強い拒絶に流石に女性たちも諦めたかと思いきや、もう一度レイモンドに話しかける。


(すごいわね……あの女の子たち……街の女の子たちの方が令嬢よりもメンタルが強いのかもしれないわね)


 ベルティーナがそんな逞しい女性たちに苦笑を浮かべつつ見つめていると、レイモンドがふとこちらに視線を向ける。

 ベルティーナと目が合った瞬間に柔らかく微笑むレイモンドの表情にベルティーナはまたもドキッと鼓動を弾ませる。


 他の人には一切興味を示さないレイモンドがベルティーナに関してだけは嬉しそうに表情を緩ませる。

 それはまるで『君だけが特別だ』と言われているようで、ベルティーナは顔を赤く染めて思わず視線をそらした。

 先ほども感じたむず痒い感覚にベルティーナは俯くと、何度か深く息を吐き出す。


(平常心よ! 平常心!!)


 心の中でそう唱えていると微かに震える小さな声が聞こえてきた。


「……だい……ぶ……ら」


 子供の声で、今にも泣き出しそうな、消え入りそうな声が遠くから聞こえる。

 ベルティーナは声の出所を探すように周囲に視線を巡らせる。

 しかし近くに子供の姿は見えない。


(どこにいるのかしら……多分あっちの方角よね?)


 声の方角を見つめ、そしてレイモンドの方へと視線を戻す。

 レイモンドはちょうど順番になったようで屋台の店主と話していて、こちらには気づいていない。

 勝手にいなくなってはまた心配させてしまうかもしれない。

 しかし聞こえてきた子供の声は切迫していて、無視することはできなかった。


(すぐ戻れば大丈夫よね……?)


 ベルティーナはよし!っと頷くと、声の方向に歩き出した。


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