お菓子より甘いもの?
「あ、あの! レイモンド様、そろそろ……」
「いや。やはり危険だ」
何度このやり取りをしただろうか。
レイモンドは心配気な表情でベルティーナを見下ろす。
「もし手を放して、もう一度はぐれてしまってはいけないだろう? それともベルティーナは私と手を繋ぐのが嫌なのか……?」
とても悲しそうな、色気溢れる悩ましげな表情で見下ろされ、ベルティーナは「うっ……」っと言葉を詰まらせる。
確かに先ほどはぐれてしまったのはベルティーナが一人で先々進んでしまったのが原因だ。
それにこんな表情で見つめられては嫌だとは言えない。
「あの、別に手を繋ぐのが嫌だというわけではないのですよ……」
しかし問題はその繋ぎかただ。
こんなに指と指をしっかり絡ませて繋ぐ必要があるのだろうか?
一本一本相手の温もりがわかるほど手を絡ませて、至近距離でこの美しすぎる顔に甘い笑顔を浮かべるのだ。
ベルティーナとしてはよく耐えていると自分を褒めたい気持ちでいっぱいだ。
「そうか。嫌でないならやはりこのまま行こう。私は君が心配なんだ。ベルティーナは自分がどれほど目を引く美しい容姿をしているか気づいてないだろう? こんなに美しい人が一人でいれば誰だって声をかけたくなる」
(いやいや! 私より何倍も美しい人間離れした美貌の人にそんなこと言われても……)
女としては悲しい突っ込みを心の中でいれる。
しかしレイモンドは心からそう思っているのだという真剣な表情でベルティーナを見つめる。
ベルティーナは少し頬を赤く染めつつ、仕方ないというようにため息をつく。
その後も何度かこのようなやり取りしつつも、結局ずっとレイモンドと手を繋ぎ街中を歩くことになった。
「ベルティーナ腹が減ってないか?」
「そうですね……少し減ってきました」
ちょうど昼ごろという時間帯であり、ずっと街を歩いて散策しているので確かに少し小腹が減ってきた。
ベルティーナが頷くとレイモンドが広場のほうへと歩きだす。そして一角に構える屋台を指差した。
「あの屋台はどうだ?」
そこには小麦粉を揚げて作った、ドーナツのようなお菓子を売る屋台があった。
広場に入ってから香っていた、美味しそうな匂いの出所はここのようだ。
屋台の陳列棚に並べられたお菓子には可愛らしくデコレーションがされていて、客も若い女性が多い。
なかなかの人気店なのか、それなりに行列ができている。
(これは美味しそうね! でもレイモンド様がここを勧めてくださるなんて意外だわ……)
ベルティーナからすれば十和の記憶もあり、屋台で食べ歩きするのは抵抗なくできる。むしろ楽しいと思えることだが、元魔王で現貴族である、いつも屋内での食事が基本であるだろうレイモンドが屋台を勧めたのは意外だった。
それもあんな若い女性が好む屋台を選んだことはさらに驚きだ。
「他の屋台がいいか?」
「いいえ! あの屋台がいいですわ! とても美味しそうですわね!」
ベルティーナの言葉にレイモンドは嬉しそうにふわっと笑う。
その笑顔にドキっと鼓動を跳ねさせながら、ベルティーナは気をそらすように言葉を続ける。
「ですがレイモンド様があの屋台を勧めてくださったのは意外でした。レイモンド様も屋台の物を食べられるのですね」
「ああ。街に視察で来る時は変装しているし、街の人間に馴染むために屋台で食事することも多い。こういった場所で食事していると、偶然にも情報得られたり、いろいろとわかることも多いんだ」
「そうなのですね」
外で食事というのも利点があるのだなと感心する。
しかしそれでもレイモンドがこの可愛いらしいお菓子の屋台を勧めたのはやはり意外だ。
この広場には他にもたくさんの屋台が並んでいるのだ。
「レイモンド様は以前にこの屋台のお菓子を食べたことがあるのですか? お菓子がお好きだったのですね」
意外にも甘いものが好きなのだろうかと考えつつ、尋ねてみる。
するとレイモンドはきょとんとした表情で、首をかしげる。
「ベルティーナは甘味が好きだろう? それに女性はああいった可愛らしいものが好みではないのか?」
「え? あ、はい。そうですね……確かに甘味は好きですし、可愛らしいデコレーションのお菓子も気になりますが……」
「そうか。では良かった! 視察にきた時にベルティーナが好きそうなものは何かと考えていたのだ。ついあのような菓子を見るといつもベルティーナは好みだろうかと考えてしまう」
レイモンドは柔らかく微笑むとベルティーナを見下ろした。
ベルティーナはその優しげな視線にむず痒いような、気恥ずかしいような感覚なる。
「そ、それは……ありがとうございます……」
(それって私のために視察中も考えてくれていたってこと……? それじゃあまるで……いつも君のことを考えているって言われているみたいじゃない……!!)
そう考えるとまた頬に熱が集まりだす。
(ちょ、ちょっと待って! 待つのよベルティーナ!! これはそういう意味ではなくて、いつもお前のことをどのように倒すか考えているって意味かもしれないんだから!!)
ベルティーナは頭を振り、気を引き締めると、レイモンドを見つめる。
しかしその優しげで、まるで愛おしむような視線中には全くこちらを害そうとする気配は感じられない。
その優しげな笑みにドキドキと鼓動が大きくなるのを感じて、ベルティーナは視線をそらした。
(本当にレイモンド様は私をどうしたいのかしら……?)
レイモンドはベルティーナの赤く染まっていく頬を満足そうに見つめる。
そしてそっとベルティーナの手を引き、広場の端にあるベンチに向かって歩き出した。




