騎士公爵のご機嫌は損ねないほうがよさそうです……
(どう見てもあなたたちが危ない狼でしょ!)
ベルティーナは心の中でツッコミながら、ふっと息を吐き出す。
「いえ、結構ですわ。連れがいますの」
男たちはベルティーナの言葉など気にもしていない様子で、値踏みするような目線を向ける。
そしてニヤッと口元を緩める。
「その連れはどこにいるんだ? あんたみたいな綺麗なねーちゃんは本当に危ないんだぜ?」
「心配していただかなくても大丈夫です。失礼します」
ベルティーナは冷たくあしらうと、男たちの隣を抜けようとした。
しかし一人の男がベルティーナの手を無理やり掴む。
「いたっ!!」
「つれないな……ちょっと待てよ」
力加減もなく、強く引っ張られベルティーナは思わず声を上げた。
そして手を掴まれていることに強い嫌悪をおぼえる。
気持ちが悪い……そうとしか思えない。
今までレイモンドにエスコートで手を触れられて、こんなに不快な思いをしたことがない。
(あれ……? そういえば私レイモンド様に手を握られても気持ち悪い、嫌だって思ったことってない……?)
確かに恐怖心は持っていても、このように気持ち悪くなるような嫌悪感は抱いたことがない。
ベルティーナは自分の気持ちに驚きながらも、いやいやと首を振る。
(それはあれよね! 貴族令嬢としてエスコートを受けるのは当然だし、どんな人からでも仕方なくエスコートは受けるもの……そうよ! そうだわ!)
自分の中のよくわからない感情に無理やり理由をつけて納得する。
そして今はそれどころではなかったと意識を戻す。
(無理やり女性の手を掴むなんて……これはありえないわね……)
ベルティーナは手を掴んでいる男を睨みつける。
「放してください!」
「だから俺たちがいいとこに連れてってやるって言ってんだろ!」
男たちは頑ななベルティーナの態度にいらついたように口調もキツくなる。
(こいつら……火属性魔法で燃やしてやろうかしら……ってダメね。私火属性魔法の制御は慣れていないのよね……)
こんな街中で慣れていない火属性魔法など使えば、どんな被害を出してしまうか……
公爵令嬢が街を火の海に……なんて笑えない。
聖属性魔法は前世の記憶や感覚で上手く制御できるのだが、今世で発現した火属性魔法はあまり練習していなかったこともあり、コントロールはめちゃくちゃだ。
しかし代々魔力量の多いヴァイス家の生まれであるせいで、無駄に魔力量だけは多い。小さな火を出そうとしてもどうしても大きな火を出してしまうのだ。
以前、屋敷で使用人がマッチが無くなって困っていることがあった。人助けのつもりで火をつけてあげようと、力を使い、あわや屋敷が燃えるような大惨事になるところだった。
それからベルティーナは安全を十分に確保できるとき以外、両親から火属性魔法の使用を禁止させられている。
(やっぱり練習しとけばよかった……)
ベルティーナは悔しさから歯を食いしばる。
(帰ったら今度こそ練習しとかなきゃ!)
そう心に誓いつつ、ふとベルティーナが火属性魔法を使った後の両親の疲れ切った表情が脳裏に浮かぶ。しかし、やはり緊急時にしっかり使いこなせない魔法など意味がない。
(勝手に練習するとまたお母様に怒られそうだし……やっおりお父様に相談して練習できるよう許可をもらっておこう!)
ベルティーナが一人今後の目標を立てている横で、男たちは急にベルティーナの反応が無くなったことで目を見合わす。
そして恐怖から返事もできなくなったと思ったのかニヤッと笑い合い、無理やりベルティーナの手を引っ張った。
「っ……! いたいったら! 放して!」
男に引っ張られたことではっと自分の思考から戻ってきたベルティーナが叫ぶ。
ドサッ!!
ベルティーナが叫んだ直後に何かが倒れる音がした。
音のほうに目を向けると、二人の男のうちの一人が地面に倒れていた。
そしてその横には……
「レイモンド様……?」
ゆっくりと振り返ったレイモンドはベルティーナに小さく微笑む。
(よ、よかった……レイモンド様だわ……)
ベルティーナはその姿にほっと安堵息を吐く。
そして「ん?」と首を傾げる。
(何で私レイモンド様を見て、安心してるのよ! レイモンド様は元魔王なのよ! ……そうだわ……きっとあれよ! 誰も知らない人ばかりのところで、変な人たちに絡まれてちょっと不安になってたんだわ。そこに知ってる人が現れた安心感からね! きっとそうだわ!)
またも自分の中の不思議な感覚にそう結論づけるとベルティーナは頭を振って、意識を戻す。
レイモンドはベルティーナに向ける優しげな表情を消すと、無表情で男を見つめ、ゆっくり足を進める。
その異様なまでの威圧感にベルティーナの手を掴んでいた男がブルリと震え一歩足を引く。
「な、なんなんだ! お前!!」
本能的に恐怖を感じるほどの威圧感に男は声を裏返しながら、何とか口を開く。
「お前がなんなんだ?」
レイモンドは凍えるような冷めた瞳で男を射抜く。
そしてベルティーナ手を掴んでいる男の手をレイモンドがぎゅっと握り込む。
すると男はベルティーナ手を解放し、絶叫した。
「いっ……いてー! クソッ!! 放せ! その手、放せ!!」
男はバタバタと手を振り回して何とかレイモンド手から逃れようとする。
しかしレイモンドはそんな男の抵抗など一切気にしていない様子で無表情で男を見つめる。
「放せ……か? さっきベルティーナもそう言っていたな? でもお前は放さなかった。」
皆がゾッとするほどの怒気に男は震え上がる。
そして逆らえないと思ったのか、今度はガクガクと震えながら平謝りする。
「す、すまなかた……あんたの連れだって知らなかったんだよ。俺たちは安全場所に連れて行ってやるつもりで……」
「ほぉ……安全な場所だと? それはどこだ?」
レイモンドの冷え冷えとする表情に男は顔を青くさせる。
「え、えっと……そ、それは……」
冷や汗をかきながらも怯えまくる男の表情にレイモンドははっとため息をつく。
「不快だ……もういい」
レイモンドがそう口にした時には男は地面に倒れていた。
今の一瞬で一体どんな動きをしたのか、目で追えないほどの動きで、男を地面に沈めていた。
ベルティーナはあまりに一瞬の出来事に目をぱちぱちしながらレイモンドを見つめる。
レイモンドはベルティーナと目が合うと先ほどまでの表情が嘘のように、とても優しげな笑みを見せる。
そしてベルティーナの手を取ると、強く掴まれたせいで跡がついてしまった手を見つめる。
「ベルティーナすぐに見つけられず、すまなかった……かわいそうに痛かっただろう? あいつら……私のベルティーナに触れるなど……」
(って、いやいや! 誰があなたのベルティーナですか!? それよりもさっきの動きは何ですか? 全く動きが見えなかったのですけど!!)
心の中で突っ込みつつ、なんとか自分を落ち着かせる。そしてベルティーナは無理矢理笑みを貼り付けた。
「レイモンド様、助けていただきありがとうございます。私は大丈夫です。私のほうこそはぐれてしまって申し訳ありません」
「いや、無事ならそれでいい」
至近距離でのレイモンドの蕩けるような優しい笑顔にベルティーナは頬が熱くなる。
そしてそんな二人を見ていた周りから歓声があがる。
「おにーちゃんやるな!!」
「ああ! 一瞬で沈めるなんてすげーよ!」
「二人とも熱いな!!」
「ああ、美男美女のお似合いのカップルだ!」
周囲の歓声にベルティーナは恥ずかしさで顔に一層熱が集まる。しかしレイモンドは嬉しそうに頬を緩めるとそっとベルティーナの耳元に唇を寄せた。
「私たちはお似合いのカップルだそうだぞ?」
その囁くような甘い吐息にベルティーナは一気に全身真っ赤に染まる。
ベルティーナはドキドキと速くなる鼓動を何とか落ち着かせようと、しばらく必死に深呼吸を繰り返すのだった。




