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身内は必ずしも味方とは限りません

「ではレイモンド様、お送りいただきありがとうございました」


 ベルティーナは馬車が止まるなり、そう言ってすぐ馬車を降りようとしたのだが、レイモンドにパッと手を握られる。


「レイモンド様?」


「私が先に降りよう。馬車の段差に(つまず)いては大変だろう?」


 レイモンドはすぐに立ち上がると馬車から降りて、ベルティーナへ手を差し出す。

 そして優しげな美しい笑みを浮かべる。


(うっ……いい加減この美しすぎる顔にも慣れなくちゃ……)


 ベルティーナは前世が魔王であると知っているからこそ、何とか持ち堪えているが、何も知らない令嬢であれば、この笑み一つでノックアウトだろう。

 ベルティーナはふっと一つ息を吐くと、レイモンドの手を取り、馬車を降りた。


 しかしベルティーナが馬車降りてもレイモンドの手が離れる気配がない。不思議に思いレイモンドを見つめると、じっとベルティーナを見つめてくる。


「えっと……レイモンド様?」


「ちょうど良い機会だ。もし在宅なら、君の両親に挨拶をして帰ろうか。先程のデートの件も話しておきたいからな」


 ベルティーナはその言葉に一気に冷や汗がふきだす。

 

「あ、あ、あのっ! 突然のことですし、すぐに準備できないと思うのです。レイモンド様にお待ちいただくなど申し訳ないですわ。それに今日は父は仕事で外出していて今は家にいないと思うのです……」


 今日は大事な会議があり、フリードは帰宅が遅くなると言っていたはずだ。

 ということは今屋敷にいるのはトリシャだけだ。

 今この状況でトリシャに会わせるのだけは避けたい。

 ベルティーナは早口で捲し立て何とかレイモンドを帰らせようとする。


「そうなのか……だがそれなら母君にだけでも挨拶して帰ろう。返事は後日お父上と話してからでも構わない」


「で、ですが!!」



 玄関の扉の前で押し問答していると、ガチャと扉の開く音がした。

 そしてそこから今一番会いたくなかった人物が姿を現した。


「まったくベルティーナあなた何をしているのですか?」


 その言葉と共に呆れたという顔をしたトリシャが玄関の扉から出てきたのだ。そしてそれを見たベルティーナは顔を青くする。

 トリシャは視線をベルティーナの隣にいる人物に移す。そしてその人物がレイモンドであると認識すると、びっくりしたように目を見開いた。


「これはシュヴァルツ騎士公爵閣下!! もしや娘をお送りいただいのでしょうか? このような場所で申し訳ありませんわ。さぁどうぞ中にお入りになってください。ベルティーナ!! まったくあなたは! せっかくお送りいただいたのにこのような場所で、お茶も出さずに帰っていただくつもりだったわけではありませんね……」


 レイモンドに向ける満面の笑顔とはうって変わって、ものすごい目力で睨んでくる母親にベルティーナは汗が吹き出す。


「え、えっと……」


 まさか「あなたに会わせたくなかったので、門前払いしようとしてました」などと口が裂けても言えない。

 ベルティーナが目を泳がし、どう答えようかと思案していると、レイモンドがすっと前に進み出る。


「ヴァイス公爵夫人、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて少しお邪魔させていただこう」


「ええ、是非!」


 レイモンドの返答を聞くと一気に機嫌をよくしたトリシャは満面の笑みで客間へと案内する。

 もはや先ほどまで睨みつけていた娘のことなどすっかり忘れているようだ……


 そんなトリシャの様子にベルティーナは軽い頭痛を感じた。そして先日と同じく、トリシャの周りを天使が花をちらしているかのような幻覚が見えた気がした。


 そんな今まで見たこともないルンルンのトリシャの様子にベルティーナは心の中で盛大にため息ついた。


(はー…………さ、最悪!!!)


 もうこれは逃れられない……半ば諦めの気持ちでベルティーナは大きく肩を落とし、二人の後に続いた。




「ヴァイス公爵夫人、早々に申し訳ないが、お返事をお聞きしたいことがあるのだ」


「あら? 何かしら?」


 部屋に入り、使用人が準備した紅茶を一口飲むとすぐに、レイモンドが話を切り出す。


「あ、あの、レイモンド様! お父様が戻った後で私から両親には話しますわ!」


「いや、せっかくこうしてヴァイス公爵夫人にだけでも話す機会が得られたのだ。夫人にだけでも直接話したい。なんといっても大切な娘を預かるのだから、少しでも誠実に対応したいんだ」


 そう言ってレイモンドは甘くベルティーナに微笑んだ。

 普通の令嬢なら意識を飛ばしそうなほどの甘い色気がある微笑みでも、今のベルティーナはそんなことを気にしている余裕はなかった。


(いらない!! そんな真面目さいりません!!! やばいわ!! ここでお母様に話されたら間違いなく……)


「預かるというのはどういうことかしら? シュヴァルツ騎士公爵閣下お聞きしても?」


「ええ。もちろんです。その話をするために家にお邪魔させてもらったので」


 ベルティーナはレイモンドの言葉を遮ろうと口を開こうとしたが、トリシャの鋭い眼光に言葉を封じられる。

 心の中で(ひっ!!)と(おのの)いているとレイモンドが話し出してしまった。


「実は街にベルティーナをデートにお誘いしたいのです。ですが危険もある場所ですから、ご両親にも許可をいただきたく。ベルティーナ嬢は私が全力で守り、決して怪我もさせないと約束する。どうか許可をいただけないだろうか?」


「まぁまぁ……そんな真剣に娘のことを考えてくださるなんて……」


 次第にトリシャの表情がにんまりと嬉しげに緩んでくる。


「閣下が守っていただけるのであれば、それほど安全なことはないでしょう。もちろん許可いたしますわ! どうぞ娘をよろしくお願いしますわ!!」


 トリシャが前のめりになって話し出す。

 トリシャの頭の周りを天使たちが歓喜し、祝福の踊りをしながら舞っているような幻覚が見える。

 ベルティーナが口を挟む隙もなく会話が進んでいく……


「ありがとうございます。ですがヴァイス公爵にもご確認いただきたいのですが」


「もちろん夫も許可するに決まっていますわ! なんと言っても閣下からお誘いいただいているのですもの! もし、万が一にも夫が許可を渋ったとしても、私が必ず頷かせて見せますからお任せください!!」


 トリシャの力強い言葉にレイモンドが嬉しそうに「ありがとうございます」と頭を下げる。

 もはや本人の意思とも関係なく進められる会話に、ベルティーナは強く祈った。


(誰か……誰か止めてー!! この人達を止めてー!! ああっ……お父様……早く帰って来てください!!!!)


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