悲惨な現場と状況と……
「う……うそ、でしょう……?」
そこには屍の山ができていた。
(え?……だって騎士に選ばれるのは国内でもトップクラスの実力持っている人だけのはずでしょう……?それをまさか一人で……あり得ないわよ!!)
目の前の光景を信じられず、これは夢なのではないかと疑い、何度も目を擦ってみる。
それでも目の前光景が変わることはなかったどうやらこれは現実のようだ……
あの人間離れした異常な戦闘能力、同じ人間とは思えない。
前世が魔王であっても今は人間のはずなのだが……
ベルティーナが呆気に取られる中、その屍の山を作り出した張本人がクルリと良い笑顔で振り返る。
「ベルティーナ!」
(ひっ!!!)
本能で危険を感じとったベルティーナは今すぐに逃げ出したい衝動に駆られるも、何とか踏みとどまる。
レイモンドはそんなベルティーナにゆっくり近づくと、すっとベルティーナの手を取り自分の唇に持っていく。
「約束通り、ここにいる騎士たち全員に勝利した」
まるで獲物を狙っている肉食獣のような獰猛な瞳の中にある、強烈な色気がベルティーナを襲う。
ドキドキと速くなる鼓動に手を引こうとするが、レイモンドがぎゅっと握り締めて離さない。
まるでベルティーナの反応をおもしろがっているようにふっと笑うとベルティーナの指先にそっとキスを落とした。
(なっ……! なにを……)
もはや言葉も出ないほどの恥ずかしさにベルティーナは一気に顔を赤くさせる。
沸騰しそうになる頭で何かレイモンドの気を逸らせるものをと考えるも何も名案は浮かばない。
しかし、そんな二人だけの空気が流れている訓練場に驚きの声が響いた。
「な……何だこれは!?」
その声にまるで邪魔されたとでも言うように、レイモンドは不機嫌そうに眉を寄せて振り返る。
「シュヴァルツ騎士公爵閣下! 本日もこちらにいらしていたのですか!?」
そこには驚きに目を開き、後からやって来た騎士たちが訓練場の入り口に立っていた。
そしてレイモンドを見てこの惨状を理解したのか、皆顔を青くしながら、哀れむような表情で屍となった騎士たちを見つめる。
「はー……お前たちそこにいる騎士たちを救護室に運んでくれ」
邪魔をされたことにため息をつきつつも、このままにはしておけないと思ったのかレイモンドが指示を出す。
その言葉に「はっ!!」と返事をすると、皆せっせと倒れた騎士たちを運び出す。
「あの……レイモンド様?」
「どうした?」
「あの……皆さん無事ですわよね……?」
先ほどまでレイモンドに気を取られそれどころではなかったが、あまりにぐったりとした騎士たちの様子が心配になり、尋ねてみる。
「ああ、皆無事だ。模擬刀だからな。死人はいないから安心するといい。数日から数週間安静にしてれば治るだろう。」
とても良い笑顔でとても物騒な返事が返ってきた。
果たしてそれは本当に無事と言えるのだろうか……
結果としてこの惨状を作り出してしまったのは気軽に返事してしまったベルティーナだ。
何か手伝うことはないかと進み出ようとしたが、さっとレイモンドに手を取られる。
「ベルティーナ、だいぶ遅くなってしまったな。家まで送ろう。」
「いえ! 私は……」
ベルティーナが断ろうとしたところで聞き慣れた声が遮った。
「大丈夫だよ、姉様。ここは僕が手伝うから」
「ルドヴィック……でも……」
そう言うとルドヴィックがすっとベルティーナに近づき耳元で嬉しそうな小さな声で話す。
「でも良かった! 安心したよ! 僕、姉様は嫌々シュヴァルツ騎士公爵閣下と会っているって思っていたけど、さっきの二人の様子、すっごくいい雰囲気だったもん! 僕応援するよ!」
「ちょ、ちょっと待って!! 違うのよルドヴィック!!」
そんな見当違いの言葉にベルティーナはすぐさま否定の言葉を返す。
「そんな恥ずかしがらなくても大丈夫だよ! ちゃんと閣下との距離縮まってるみたいで安心したよ!」
(いや違う!! 縮まっているのは距離ではなく、私のライフだから!!!)
そう大きな声で反論したいが、流石に本人の目の前で叫ぶことはできない。
「シュヴァルツ騎士公爵閣下、どうか姉をよろしくお願いします!」
ルドヴィックはそのままレイモンドの前に進み出ると深く頭を下げた。
その様子にレイモンドは一瞬目を開いて驚きつつも、嬉しそうに小さく笑う。
「ああ、もちろんだ。ルドヴィック・ヴァイス公爵令息」
「僕のことはルドヴィックとお呼びください。いずれはきっと兄上とお呼びする日が来るでしょうから!」
(いやいやいやいや!! そんな日はきませんよ!!)
ベルティーナは心の中で全力で否定する。
「ちょっとルドヴィック!!」
何とか誤解をとこうと、言葉かけるが、それもレイモンドに遮られる。
「ああ。是非そう呼ばせてもらおう!」
「はい!!」
(えっ……ちょっと……え!? 何で本人を残して話が進んでいっちゃうのよ!!)
二人は意気投合したように、にっこり笑って握手する。
とても良い笑顔を浮かべながら。
そんな二人をベルティーナは嫌な汗をかきながら見つめる。
少しずつ逃げ道を防がれていくような感覚にベルティーナは頭を抱えた。
(なんなの!? もうやだ!! 誰かどうにかして〜!!)




