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何事もなく帰れることはないようです……

「ヴァイス公爵令嬢はどうやら男漁りが好きなようですわね?」


 そのあまりに直接的で攻撃的な言葉にベルティーナは呆気に取られた。

 扇で口元を隠しながら、ベルティーナを(さげす)むような目で見てくる。

 周りに他の令嬢を侍らせて、その姿はまるで、よく物語に出てくる悪役令嬢のごとくだ。



(……えっと……確か、この令嬢は……)



 ガリーナ・ミュルツ侯爵令嬢

 侯爵位を持つ家格としては頂点と言われる家ではあるが、あまり良い噂は聞かない。

 もともとヴァイス公爵家と敵対している家でもある。


 とは言ってもヴァイス公爵家は公爵位、ミュルツ家は侯爵位であるので当然爵位はヴァイス公爵家のほうが上である。

 領地運営においても公爵位以下の爵位でヴァイス公爵家の資金を上回る家はない。

 なので敵対と言っても相手が勝手に敵視してくるというだけだ。


 以前からガリーナに度々突っかかれることはあったが、こんなに直接的な攻撃は今まで受けたことがなかった。


(私何かしたかしら……?)



 ふと考え込んで、そういえばと以前アロイスから聞いた情報を思い出す。

 アロイスの情報によれば、彼女も騎士公爵の婚約者の座を狙っていた令嬢の一人だったはずだ。


(そういうことね……でもあの求婚は私の意思じゃないのよ! しかも私のほうが爵位だって上なのにこれは流石に失礼すぎないかしら?)


 ここで引いては家の名誉にも関わる。

 あまりこういったことは得意ではないが、悪い噂が広まる前になんとかしなければ……

 ベルティーナはふっと息を吐くと、キッとガリーナを見つめる。



「ミュルツ侯爵令嬢、それはどういうことでしょうか?」


「あら? ご自分の胸に手を当てて考えてみてはいかが?」


 こちらを馬鹿にしたような言い方に周りの令嬢たちもクスクスと笑う。



「全く見当がつきませんわね。どういうことか教えていただけます?」


「いやですわ。これほど察しが悪いなんて……騎士公爵に求婚されてどうやら有頂天になっている様子ですわね。ご自分のことを見誤ってらっしゃるのではなくて? まさか王太子妃にもご自分が指名されると思っていらっしゃるのかしら?」


 ベルティーナの表情が笑顔を貼り付けたままピシッと固まる。



(は……? 騎士公爵に求婚されて有頂天ですって!? 私がどれほどそのことで悩まされていると思っているのよ!! それに私は王太子妃にだってなりたくなどないわよ!! いつもはただの(ひが)みと思って流していたけど、今回は許せないわ……)



 必死になって悩んでいることに対して、まるでその状況を楽しんでいると言われたようで、ベルティーナの怒りが爆発した。

 こんなことは令嬢同士の舌戦ではよくあることなのだが、最近のイライラのせいでベルティーナも冷静ではなかった。

 もはや半分は八つ当たりである……



「お言葉ですがミュルツ侯爵令嬢、私は本日王妃殿下から招待状が届いたから出席したまでです。現に他の婚約者がいらっしゃるかたたちも出席しておいででしょう? あなたはその方達にもそのような目を向けていらっしゃるのですか?」


 その言葉にガリーナはクッと歯を食い締めたあと、なんとか言い返そうと口を開くが、それをさせまいとさらに言い募る。


「だとしたら何と視野の狭いことでしょう? 皆尊敬する王妃殿下からの招待であれば喜んで参加するはずですわ。それなのにそのような考え方しかできないなんて、あなたの方がよほど偏った考え方をされているのでは? あなたこそ人のことをいう前に自分の行動を顧みたほうが良いのではなくて?」


「な、何ですって!?」


 その言葉にガリーナはぎゅっと扇を握り込むと、それを振り上げた。

 しかしそこでよく通る美しい声が響く。




「いったい何事ですか?」


 その声にその場にいた令嬢たちはサッと礼をとる。


「ベルティーナこれは一体どうしたのです?」


「王妃殿下、騒がしくしてしまい申し訳ございません」


 王妃がベルティーナを可愛がっていることは周知の事実だ。

 そして王妃はベルティーナに状況を聞いている。

 ガリーナはサッと顔色を変えた。

 その様子にベルティーナははっとため息をつくと、仕方ないと気持ちを抑えた。



 ベルティーナは前世からの記憶を引き継いでいる。

 だからこそ今のベルティーナと同い年の令嬢に対して、だいぶ年下の者という感覚があるのだ。

 そしてこの年頃であれば怒りや嫉妬の感情を抑えきれないのも仕方ないのかと結局許してしまう。


「少し話が盛り上がってしまったのです。もう解散の時間ですわね。申し訳ございません」


「本当にそれだけかしら?」


「はい。もちろんでございます。長々と残ってしまい申し訳ありませんでした。それでは私はこれで失礼いたします」


 ベルティーナは頭を下げ、それだけ言うとすぐに庭園から離れた。



 その一連の現場を傍観していた令嬢たちからは、ベルティーナ様は落ち着いていて、自分を攻撃して来た相手に対しても寛容な対応ができるとても素晴らしい人物だ。

 儚げで美しい容姿で颯爽とその場を後にした姿は女神のように素晴らしいかたという、全く本人の認識とは違う話が勝手に広まっていることに、ベルティーナ自身はまるで気づいていないのだった。



 そして当の本人はと言うと……


(はーー……つ、疲れた……そういえば、今日は確かルドヴィックが騎士団に訓練に来ていたはずよね? 可愛いルドヴィックを見て癒されて帰ろうかしら? ルドヴィックの騎士団での訓練を見るなんて初めてだもの。ワクワクするわね!)


 などという大変呑気なことを考えつつ、愛する弟に会うためるんるんと廊下を歩いていた。


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