胃の痛いお茶会
「はー…………」
ベルティーナは今とても胃の痛い思いをしていた。
ティーカップをそっとソーサーに戻すと、こっそりと息を吐く。
チクチクと鋭い視線が突き刺さる。
この状況の中でもなんとか平静を装えている自分を褒めてやりたい。
(ああ……早く帰りたい……)
今日は王妃殿下主催の令嬢たちを招いたお茶会が、王宮の庭園で開かれていた。
さすがは王宮と言えるほど、とても美しい庭園を見ながらのお茶会。
鳥たちの囀りが響き、穏やかな陽射しが差し込んでいる。
本来であれば心穏やかに過ごせるような素晴らしい場所なのだ。そう、本来であれば……
しかしベルティーナにとって、それは今一ミリも感じることなどできなかった。
何故ならば、ベルティーナは会場に入ってからずっと、チクチクとした嫉妬に満ち満ちた視線を四方から受けていたからだ。
(私が何をしたって言うのよ……本当に不本意だわ……)
先日の騎士公爵の求婚の話は瞬く間に広がり、噂話が好きな貴族たちにとって恰好の話のネタになった。
そしてそれは彼を狙っていた令嬢たちにとって、ベルティーナを敵とみなすのに十分な効力を持っていた。
しかもこのお茶会、王妃が若い令嬢達との交流を深めるためという体ではあるが、実のところは王妃による王太子の婚約者候補の選定という裏の意図もあるのだ。
王太子の婚約者の座を狙っている令嬢からしても、騎士公爵に求婚されたくせに、さらに上の王太子妃という座まで狙っているなんて、何て図々しいという心の声が聞こえてくるようだ。
チクチク刺さる視線にベルティーナはただひたすらに早くお茶会が終わることを祈っていた。
元々このお茶会は先日の夜会よりも先に届いていた招待状であったし、王妃殿下主催のお茶会なのだ。
どんな状況であっても行きたくないなどと、わがまま通じるようなものではない。
一定の年齢と爵位のある令嬢全てに届けられており、現に婚約者がすでにいる令嬢も出席している。
その者たちではなく、ベルティーナのみに厳しい視線が向けられているのには騎士公爵からの求婚以外にもう一つ理由があった。
それは……
「久しいですね、ベルティーナ。最近、なかなかあなたと会う機会がなかったから今日は会えて嬉しいわ」
「王妃殿下にそう言っていただけるなんて、とても光栄なことでこざいます」
「まぁベルティーナ。先日も話したでしょう? 私のことはアデリナと呼んでくれればいいと」
美しすぎる容姿に微笑をのせて語りかける王妃に、ベルティーナは笑顔を貼り付けつつも、周りからのさらに厳しくなる視線に背中にすっと冷や汗がつたう。
アデリナ・エルドラード
この国の王妃であり、ベルティーナと同じ歳の息子がいるとは思えないほどの若々しくも美しい容姿をしている。
そして何故か彼女はベルティーナをとても気に入っていた。
可愛がってもらえるのは貴族令嬢として、とてもありがたいことだ。
それは十分に理解している。しかし、いかんせん、この状況では令嬢たちにとって火に油だ。
令嬢たちの視線に恐々としながら、なんとか笑みを貼り付けていたベルティーナに爆弾が投下された。
「そういえばベルティーナ、あなた先日の夜会でシュバルツ騎士公に求婚されたそうね? そちらの返事はどうするの?」
(ひっ!! なんて今一番答えにくい質問を……)
そのアデリナの言葉にその場にいる令嬢たちが一斉にベルティーナのほうをばっと振り向く。
そのギラギラに見開かれた目とあまりに強い圧迫感にさらに背中から汗が吹き出してくる。
「えっと……そう、ですね……あの騎士公爵閣下からお声をかけていただけるなど、私にはとてももったいないお話だと思っています……」
「あら? それじゃ断るの?」
(やめてください!! もうこれ以上言及しないで……)
心の中で絶叫しながらもベルティーナはどう言って乗り切ろうかと考える。
もちろん前世魔王である騎士公爵となど婚約する気などさらさらないが、もしここで全力で否定してしまえば、令嬢たちの反応が恐ろしい。
調子にのっているとか、自分を何様だと思っているのかだの批判が殺到するのは目に見えている。
しかしこのまま否定しないのも騎士公爵狙っている令嬢から嫉妬に満ちた目で睨まれ続ける。
(どうしましょう? どう言ったらうまいことのりきれるの……?)
必死に言葉を探すベルティーナのよこで、アデリナがふっと口元を緩める。
ベルティーナは自分の考えに没頭していて気づかなかったがその時アデリナが小さく呟いた。
「この感じだと、まだ息子にも勝機はありそうね……」
「ベルティーナ、個人的なことを無理矢理聞いてしまってごめんなさいね……私が聞くことではなかったわね。気にしないでちょうだい」
その言葉に明らかに安堵の様子を見せたベルティーナにアデリナはにっこりと笑みを浮かべた。
(あー疲れた……よかった! なんとか終わったわ……)
何とか爆弾を避けることができ、その後は大きな騒ぎもなく終われたことにベルティーナは安堵の息をつく。
今までもあまり社交は得意ではなかったが、これほど時間が長く感じたのは初めてだ。
やっと終わったと清々しい気分で席を立ち、歩き出したところで、ベルティーナの前に一人の令嬢が立ち塞がった。




