恩返しと新たな縁
光が収まると、そこにはいつもと変わらない穏やかな景色が広がっていた。
もはや今まで魔犬がいたことなど嘘のように感じられる。
ベルティーナはふっと息を吐き出した。
すると後ろから驚きに満ちた声が聞こえてくる。
「ま、まさか……聖属性の……それも浄化……?あなたはまたも聖女として生まれたのですか?」
アロイスの言葉にばっと視線を戻すと、ベルティーナは顔をグッと寄せて不機嫌を全面に出す。
「いいこと! 絶対に他言無用よ!!」
聖属性魔法を使えるものは少なからずいる。だがそれは癒しの力であり、傷を治す力だ。
しかし今まさに魔犬を倒すためにベルティーナが使った浄化という力。これはただ一人だけが使えるとされている力だ……
そう、前世の十和としても使っていた力。そして聖女だけが使えるとされている力。
ベルティーナは前世の記憶と共に聖女としての力にも目覚めていた。もしかしたら、前世の記憶があるからこそ、この浄化の力が使えるのかもしれないが……
そしてこの浄化の力こそが魔王を倒すために使った、死ぬ原因にもなった力である。
ベルティーナの剣幕にアロイスは少し引き気味に返事をした。
「え、ええ。別に言いふらしたりなどしません。しかし、聖属性魔法が使える者は教会が保護していると聞いています。教会はあなたの力のことを知っているのですか?」
「まさか! 知っているわけないでしょう。知っていたら私はこの公爵邸にはいないわ」
教会ーー前世の十和として生活していた頃はとても世話になった場所だ。
しかしあの頃とはだいぶ教会としての立ち位置が変わってきている。
200年前は魔王が君臨していたため、魔族たちに勢いがあった。
人々は魔族に怯え、教会を頼った。
教会もどうにかして信者のため、魔族を倒したいという思いから、聖女召喚に協力した。
この頃教会はみんなの希望であり、安心できる場所だったのだ。
しかし聖女が魔王を倒し、魔族の勢いがなくなると、世情は一気に変わった。人々は教会を頼らずともよくなったのだ。
現金な話ではあるが人とはそういう生き物だ。
しかも人々の信仰の象徴であった聖女も魔王討伐で亡くなった。
そうしてだんだんと信者が減り、教会は打開策として、数少ない聖属性魔法を使える者を保護という名目で教会に無理やり連れていくことにしたのだ。
確かに聖属性魔法使える者が浄化の力に目覚め、次なる聖女になる可能性はないとは言えない。
しかしこれは明らかに教会としての力を維持するための力技であった。
癒しの力を求める者を信者にするための。
それ故に、生活に苦しい平民や信仰心の厚い貴族ならいざ知らず、高位貴族の中に聖属性魔法を使える者が現れるとみんなその力を隠すようになった。
高位貴族であってもバレてしまえば保護という名目で教会に連れて行かれてしまうからだ。
ベルティーナは両親にも自分が聖属性魔法を扱えるとは話していない。今までこの力は自分だけの秘密にしてきたのだ。
聖属性魔法は珍しい魔法のためか、一人の人間が他の属性と共に扱えた例がほとんどない。
ヴァイス公爵家はほぼ全ての者が火属性の魔法を使う。ヴァイス公爵家と言えば火属性と言われるほど、周知されていることだった。
ベルティーナ自身も記憶を取り戻した日、初めて聖属性魔法を使った日よりも前に火属性魔法が発現していた。
そのため両親も自分の娘が火属性の使い手であり、他の属性は持っていないと何も疑っていなかった。
秘密を知っている者が多いほど、バレる危険は高くなる。
だからこそ、ベルティーナはたとえ家族であっても、どれだけ信頼できる相手であっても決してこの秘密を漏らさなかった。
このまま誰にも言わず、墓場まで持っていくつもりだった。しかし結局、自分を守るために死にそうになったアロイスを見ると、無視はできなかった。
(やっぱり私って甘いのかしら……いいえ、違うわ! 私は前世のアルドとは違うのよ! 生きてる人を見捨てるなんてできないもの……)
ベルティーナが眉間に皺を寄せ、ため息を吐くと、アロイスは何か察したようにキュッと表情を引き締めた。
「ベルティーナ様。助けていただきありがとうございます」
「先に私を助けてくれたのはあなたでしょう? 私はそれに報いた行動をしただけよ。まさかあなたが自分を犠牲にしてまで私を助けてくれるとは思わなかったけど」
暗に前世のことをチクチク刺すような言い方にアロイスは渋い表情を見せる。
「前世でのことは本当に申し訳ありませんでした。今こうして謝って済む問題ではないと思いますが……」
「そうね。今謝られたところで、前世の私が生き返ることもない。私はどうしたってあなたの前世の行いを許すことはできないわ。今回は私を庇ってくれたから貸し借りなしよ。前世のことを少しでも気に病んでいるのなら私の聖属性魔法のことはあなたの胸だけに留めてちょうだい。今後私はあなたと関わる気はないし、関わりたいとも思わない。それじゃもう行くわ」
ベルティーナは言いたいことだけ言うと、サッと踵を返す。
しかしまたもアロイスがベルティーナを引き止める。
「お待ちください!」
「何よ? まだ何かあるの?」
ベルティーナがため息をついて振り返ると、アロイスがサッと片膝をつき、頭をさあげた。
前世のアルドからは想像もできない様子にベルティーナは驚き、何をするつもりかと訝しげに見つめる。
「前世のことを考えれば、あなたが私を信じられないのも、関わりたくないと思うのもわかります。ですが……どうか……どうか私に恩返しさせていただけませんか? こうして転生し、出会えたのもそのためだと思うのです」
「恩返し? 何のこと? さっきの話は貸し借りなしと話したでしょう?」
「いいえ。先程の話ではありません……前世で私は、一番大切な人をあなたに救っていただいていたのです。それなのに私は……」
「どういうこと?」
アロイスの後悔が溢れる表情に、ベルティーナが怪訝な顔で問いかけた。
そしてアロイスは彼が魔王討伐から帰った後の話を話し始めた。




