お茶会相手と幼い日の再会
「はー……それであなたはちゃっかりと騎士公爵閣下と仲良くなって帰ってきたわけですか? 今まで何のために情報を渡してきたことやら……」
「し、仕方ないじゃない! うちより騎士公爵閣下のほうが家格は上なのよ! 邪険に扱えるわけないし」
その呆れかえったような相手の顔を睨みながら不貞腐れて答えると、さらに深いため息が返ってきた。
(昔はもっと可愛らしい態度だったのに……最近私の扱いが雑になってきてるわ……)
ベルティーナはむっと頬を膨らませつつ、言い返した。
「だいたい今回はあなたの情報が間違ってたのよ! 今回の夜会には来ないって言ってたじゃない!」
「ですから以前も言ったでしょう? 情報は絶対ではないのですから、気は抜かないようにと。ベルティーナあなたは情報に頼りすぎなのですよ」
そう言われると返す言葉がない。
確かに今まで何度も、たとえ騎士公爵が来ないと情報があったとしても、いつ予定が変更されるかはわからないのだから気は抜くなと散々注意されてきたからだ。
ベルティーナは「うぅっ……」と呻き声を漏らすと机に突っ伏した。
そしてそのベルティーナの頭上からもう一つため息が漏らされた。
普通であればこんなだらけたところは決して誰にも見せられない。ここにいるのが二人だけであるからできる態度であり、会話だ。
アロイス・ベルガー
伯爵家三男であり、ベルティーナの情報源、兼お茶会仲間だ。黒に近い茶色の髪と瞳を持ち、眼鏡を押し上げる姿は真面目で堅物な印象を与える。
そして実は彼もベルティーナの前世と繋がりがある。
そう、それも十和が死ぬ間際に最も恨んだ相手である、魔道士団団長アルド・ミュラーである。
そんな最も恨んだ彼とどうしてこのように関わることになったのか。
それは幼いベルティーナが前世の記憶を思い出し、しばらく経った日のことであった。
その日はベルティーナの六歳の誕生日パーティーが公爵邸で開かれていた。
しかし前世を思い出し、大人の意識があるベルティーナにとって、みんなから渡される可愛らしく子供が喜びそうなプレゼントをいかにも嬉しいという表情で受け取ることはなかなかに疲れることだった。
中身は大人ではあるが何も知らない周りの者からすれば小さな子供。そんなベルティーナが大人のすました表情でプレゼントを受け取れば、どうしても違和感が出てしまう。
実際去年まではこういったプレゼントを子供らしく、とても喜んで受け取っていたのだ。
記憶が戻った日もいつものベルティーナとは全く違う様子に両親からもとても心配されてしまった。
それからベルティーナはできる限り子供のように振る舞わなければいけないと思い過ごしてきた。
前世の記憶があるなど口走れば、すぐさま医者を呼ばれて部屋に閉じ込められてしまうだろうと思ったからだ。
しかしパーティーに呼ばれた相手全員にそのように振る舞うのはベルティーナにはなかなか精神的にもつらいことだった。
そうして疲れきったベルティーナはどこかゆっくりできる場所を求めて、パーティー会場から抜け出した。
公爵邸には二つの庭園がある。ベルティーナは裏門に近い、ほとんど人が来ないほうの庭園まで逃げ込んだ。
「ふー……」
大きく息を吐き出すと、ベルティーナは伸びをする。
やっと少しゆっくりできると思い、一際大きな木に背中を預ける。
そうしているとベルティーナの背後の繁みがガサリと揺れる。ビクッと体を震わせてそちらを向くと、小さな人影が現れた。
あちらもまさかこんなところに人がいるとは思っていなかったようでびくっと肩を震わせる。
そしてベルティーナの顔をじっと見ると、はっとしたようにさらに大きく目を見開いた。
信じられないという表情で立ち尽くす、その人物こそアロイスだった。
ベルティーナはすぐにその相手がアルドの生まれ変わりであると認識し、驚いた。
しばらくアロイスを観察しているとアロイスの驚きように違和感を覚えた。まるで死人あったような驚きようだ。
確かにこんな人気のない庭に小さな子供が一人でいれば驚くかもしれない。
しかしそれだけではなくアロイスはベルティーナを認識した後で、さらに驚いたように見えたのだ。ただそこに小さな子供がいたからというだけの驚きかたではなかった。
ベルティーナはアロイスの様子に彼自身も前世の魂を辿ることができるのではないかと予想した。
彼からしたら前世で見殺しにした相手なのだ。驚き固まるのは無理もない。
ベルティーナは何とか感情悟らせないよう表情を抑えたので、相手には違和感を持たれてはいないだろう。
こんな相手と今世は関わりたくないと、早くこの場を立ち去るため言葉をかけた。
「あなたはどなたかしら?」
「あ……すみません。私はベルガー伯爵家三男のアロイスと申します」
「そう。私はヴァイス公爵家のベルティーナです。私はもう戻るので、失礼するわ」
ベルティーナはそれだけ言うとサッと背を向け歩き出そうするが、後ろから呼び止められた。
「あ! お、お待ちください、とわ……ベルティーナ様!」
その言葉でベルティーナは確信する。彼は今十和と口にした。それこそベルティーナの前世が十和であるとわかっている証拠だ。
ベルティーナは自分も前世の記憶があると悟らせないように厳しい表情で、振り返る。
「何でしょうか?」
アロイスは咄嗟に呼び止めてしまったことを自分自身で驚いているようにはっとする。
そしてベルティーナの固い表情に視線を彷徨わせ、焦ったように「あの……」と言葉を詰まらせる。
その様子にベルティーナは相手にわざと分からせるようにため息をつく。
「用がないようなら失礼します」
ベルティーナの固い声音にアロイスは何とも言えない表情で立ち竦む。
そしてベルティーナが一歩踏み出したとき、背後に感じた悍ましい気配に二人は同時にばっと振り返った。




