吹雪の王女
「勇者様。伏してお願いします。私と共に吹雪の国に行ってくれませんか」
マキちゃんは息子さんを抱きしめ、帰宅した夫に頭を下げた。
夫はぽりぽりと頬を掻く。息子の朝日が真似するから辞めろと何時も叱っているのに直さない悪癖だ。
もっともあの子は肩を竦める悪癖が付いたけど。親子よねぇ。
「えっと。暗殺者に狙われるよ? 」「存じています」
山の国の王位継承者を得られないなら殺してしまえとする吹雪の国の王の意図は知っておりますと彼女は応える。
彼女が『私』を鼻先にかけているのを見て夫は肩を竦めて見せた。
「あ~。夢子を使ったのか」「奥さんが眼鏡になったとか出鱈目ばかり言うと思っていましたが」
ハルカナルさんは嘘をついているのを見たことがありませんでしたからと彼女は返答する。
「『真実の眼鏡』は恐ろしいですね。私の手に余ります」
夫は嫌そうにため息をつくと窓を開けて空気を入れ替えた。
小さな村の小さな一軒家だけど窓ガラスがある。ちょっと立派な家だ。
昔は村長さんの一族の一人が住んでいたらしい。
夫の視線の先はちょっと解りかねるがいつものように子供たちが遊ぶ姿を見ているのだろう。
「そういえばこの世界の王族って魔導師の末裔揃いだったっけ」そうね。失念していたわ。
「じゃ、商人の与太はマジだったんだ」「みたいです」頷く彼女。泣き出した赤ちゃん。
二人は会話を一時中断し、赤ちゃんをあやしだす。やっと首がつながってきたわね。
「で、なんで戻る? ここに居ればいい。再婚先も見つかるだろう」「彼を止めなければいけません」
夫はここにマキちゃんを残して旅立つつもりだった。
マキちゃんもそれをある程度予測していたらしいが。
「ここの皆さんはとても親切です。ちょっと困る方もいますけど」その困る人たちは私が勃起不全にしちゃったしね。
「それでも、私は戻らなければなりません。私が目を逸らしていた憤怒と向き合うために」
私は。いまだ彼を愛しているようです。マキちゃんはそう告げた。




