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私の夫は鼻先零ミリ  作者: 鴉野 兄貴
銀の光の輝く人

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勇気を出して

「私、彼を誤解していたのですね」


 マキちゃんは『わたし』を瞳にかけて故郷の姿を見ていた。

吹雪の中斃れている死骸。滅びた村。凍った赤ちゃん。残り火がゆっくりと消えていく姿。

『山の国』に手を貸した国境貴族の一族が剣を手に戦っている。

復讐鬼となったマキちゃんの旦那さんは情けも容赦もなく剣を振う。

「我が妻を殺した王族を私は許さない」大逆罪を背負い、首都に向かって攻め込む彼に容赦という言葉はない。「やめてください。私は生きています」ごめん。その言葉は届かないの。「やめてください。あなた。疑ってごめんなさい。許して」許すも何も。貴女に非はないと思うけど。


 おぎゃあ おぎゃあ


赤ちゃんの泣き声で彼女は我を取り戻し、私を小さな机の上において彼をあやす。

「よしよし。大丈夫。大丈夫だから」彼女は息子の身体を強く抱きしめた。

夫はまだ帰らない。今日は遠くまで買い出しに行ったからな。

ゆっくりと彼のおむつを替えていくマキちゃん。窓から漏れた陽の光が二人を照らす。


「どうして人は相争うのでしょう。……夢子さん。でしたっけ」


 彼女の瞳が私に向かう。私には唇はないから応えられないけど。

そうねぇ。ちっぽけな自分を守るだけで人間はせいいっぱいだからかしら。

『自分』の範囲は人それぞれだけどね。うちの莫迦は『私』がすべてだとか言うし。

「応えてくれないのですね。卑怯です」だから喋れないんだって。

ああ。もどかしい。知らない内に『使い方』を把握されるなんて不覚もいいところね。

「自分で考えろということですか」違います。返事出来ないのです。


 彼女の瞳が揺れ、何事か考えている。

「怒る。憤怒があるからですか。皆が自らを正義と呼びあうからですか」それもあるわね。

でもね。私の意見は少し違うわ。貴女は理不尽に対してもっと怒るべきよ。

だって、そうでなければ貴女の身の回りの人を守れないでしょう。

「このようなことが『正義』なのですか」私が見せた映像を差して彼女は言っているらしい。

「どうして皆笑って過ごせないのですか。どうしてでしょう」

力なく山の国の『王位継承者』を抱く彼女。


 山の国では王位継承者を秘密裏に縁も所縁もない者に預ける試練があるらしい。

彼女はたまたまその過程で山の国の者が迎えに行く前に山賊に襲われてしまったのだが。

山賊と言っても傭兵と変わらない。酷いときは給与を貰えなかった正規軍が山賊化して領主を名乗って領主のいない村を襲ったりする。

第一位の王位継承者をそんな試練に晒す国なんてどうかと思うけど山の国の人は激怒している。

とばっちりと言うべき吹雪の国だけど、自業自得で国境貴族が反乱を起こしてしまい今の状況。らしい。


 震えて脅えるだけでは未来は変わりません。

憤怒を勇気にして立ち上がりなさい。マキちゃん。

あなたは王様なのでしょう。ね。

「はい。夢子さん。私は息子と共に吹雪の国に戻ります」

彼女の唇がゆっくりと動く。彼女の瞳は強く輝いていた。

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