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私の夫は鼻先零ミリ  作者: 鴉野 兄貴
銀の光の輝く人

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憎しみと嘆きと

「元気で暮らすのよ」孤児院を出るマキちゃんに別れを惜しむ院長先生や子供たち。

「お姉ちゃん。いっちゃ嫌だ~」泣きつく子供たちを宥め彼女は奉公に向かう。

彼女が幼いころ過ごした孤児院はもうない。

かつての院長の知り合いの修道女が始めた小さな孤児院で働きながら育った彼女は領主の息子に『うちで働いてほしい』と頼まれてお屋敷で働くことが決まったらしい。

「こんなに良い子なのに」「運命ですから」嘆く院長先生を宥めるマキちゃん。

「領主様や若様は悪い噂を聞かなかったのにねぇ」彼女は不安を面に出さず御屋敷に向かう。

カスミソウの花弁を思わず踏んだ彼女は花に謝り、軽く手で直して歩みを再会する。

『吹雪の国』だって花も咲くし、水が溶ける日もある。

僅かな春を人々は待ち、花の咲く日と香りを楽しみにしている。


「いつか花は咲きますから」彼女はつぶやき、ながいながい道を歩む。


 意外な事に彼女に声をかけた本人である領主の息子は接触すらしてこなかった。

後で判明することだが勉学や武術の訓練で忙しくそれどころではなかったそうだ。

「その後も声をかけたくてもかけれなかった」他の下男と仲良くしているのを見てやきもちしたと告白する彼に彼女は笑う。

「あなたはどなたでしょうか」なんて失礼な事普通言わないな。と彼は続ける。

「だって、声をかけてきたと思ったら一年後ですよ? それも『あのっ ちょっ ちょっと待って! お、おれ、いえ、私は』とか下女に言う台詞じゃないですから」けたけたと恋人に笑いかけるマキちゃん。

しんしんと積もる雪を大きな庭のテラスで眺めながら二人は時を過ごす。

「寒いだろう。こっちに」「あら。『春風』様にはそんな気遣いが出来たんですか」「……嫌味か。君は」

武術と魔法と勉学と治世にしか興味のない彼は社交術や人との付き合いにかけていたらしく、マキちゃんとの出会いはいい感じで彼を理想的な世継ぎ殿にしていった。


「そうか。やっとか」「子供は出来たの? 」


 がぶっ マキちゃんと『春風』氏は主人や親の目の前で同時に噴きだした。

「ま、ま、まだですよっ?! 春風様は奥手でッ?! 」「リードしてあげなきゃ」「無理ですッ?! 」はぁ。ため息をつく奥方様。

紅いビロードのドレスと香水の似合う老婦人だ。


「母上。父上とは」「だってお父様は」「息子には若いころの話は辞めてくれッ 」「あらあら。まぁまぁ」この夫婦、領主様のほうがずっと若いのよね。マキちゃん達とは好対照。

「母体が心配だから結婚しても手を出すのはしばらく待て」「鬼ですか父上は」「二年待ったんだから待てるだろう。このロリコン」

意外と反対はされなかったらしい。マキちゃんの人柄は領主様と奥方様も知っていたらしい。


……。

 ……。


 春風が吹く。彼が笛を吹き領民が躍っている。

美しい花嫁に理想的な世継ぎ様。領内は安泰と皆は喜ぶ。

「あなた。実は」「ん? 」彼の耳にささやく彼女。領民が手を振りそれに応える彼。

「もういいです。幸せなことは後で取っておきますから」「ん? 」

痛い痛い。何故つねるッ?! 小声で抗議する彼に笑って応える彼女。


 しばらくして王族から一枚の令状とマキちゃんを一時養女とした貴族から謝罪の手紙が来た。

マキちゃんを王家の妾に差し出せという内容だった。


 いつも我慢したり成り行きに任せていたマキちゃんが人に対して怒ったのはこの日が初めてだった。

彼女は隙を見て屋敷を抜け出し、出奔した。

彼女の木靴が踏みつけた道端のカスミソウたちを残して。

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