呑みすぎ危険
死屍累々。別に魔物が襲ってきたわけでもお祭りの後でもない。
商人さんと村長さん、村人以下全員が村長さん宅と広場にてお酒の呑みすぎと騒ぎ過ぎでダウンしているだけである。騒ぎ過ぎだ。
私のフレームに太陽の光が当たってちょっと熱がこもる。
地べたに寝転んでいる夫のお蔭で私のフレームに虫がついた。おいこら夫。起きろ。
この夫、毒も病気もサケも効かない。そのくせ良く寝ると来ている。
「しかし不思議な眼鏡だな。色と言い形と言い」
商人は私をじーろじろ。そういえばこの人泥棒まがいのことするのよね。
言っておくけど夫以外が触れたらタダじゃすまないぞ。呪いかけるぞ。
と言ってもおっちゃんには聞こえないだろうし。むー。
「昨夜はお疲れ様でした」
私に伸びる商人の汚い手が止まった。
ほほえむマキちゃんは胸に重たそうに赤ちゃんを抱いている。背中に回したほうが良いと思う。
マキちゃん以下女共は片づけに追われている。
こういう村では海の外から来た商人と言うのは歓迎されるらしい。
「マキちゃんもだいぶ板についてきたじゃない」「まだまだです」
「旦那は良く寝る人ダネェ」「しょっちゅうです」たわいないやり取りを繰り返すおばちゃん連中とマキちゃん。
子供たちはさっさとおきだして広場や畑付近で遊びだしており、
夫含めて酒に弱い男衆はいまだダウン中。役立たずにもほどがある。
「山の国ってどんな国なんですか」マキちゃんは商人の言葉に興味を抱いたらしい。
「うーん。銀山と地下都市の国って言うけど私らには妖精の国みたいに聞こえるよねぇ」地下に街なんて信じられないよ。人間はおひさまの下で働かないととおばちゃん連中。
「私は夫……こほん。生き別れの兄と出会う前は肉親を失って孤児院で生活していましたので」「苦労したのねぇ。その歳で」
おばちゃんは心底同情するという目をマキちゃんに向ける。
普通に見て駆け落ちカップルだもんねぇ。容姿全然似てないしマキちゃんは若すぎるし。
「吹雪の国は私の故郷でして」「ははははっ 冗談が過ぎるよ。別の大陸じゃないか」
確かに冗談に聞こえるよねぇ。でもホントなんだよねぇ。
そんなやり取りを知らず、夫はじべたでぐーすか。
私を掏り取る機会を逸した商人は夫の隣でうーろうろ。
マキちゃんの赤ちゃんは時々愚図っておぎゃあおぎゃあ。
「前にお仕えしていた旦那様のご一家には大事にしていただきましたが、このように村ぐるみで歓迎していただくことは初めてで」「うちの連中は酒好きの祭り好きのバカぞろいで、たまに女癖悪い奴もいるけど概ね悪い奴はいないからねぇ」
あと、ハルカナルの女房だか妹なら間違いないとおばちゃんは断言。
うーん。おばさまキラーだな。夫。昔からそういうところがあった。
「もうちょっとしたら酔い覚ましのキツーイ苦い薬を作るから待ってて」「はい」
「あ。兄がまたアマザケを」「ああ。酒が入って無い甘い粥ね。助かるよ」
「こんな甘いものを毎日食べるなんてご主人様の処にいた時だってありませんでしたよ」「絶対太るね。もうちょっとマキちゃんは太るべきだよ。私も子供を生んで太ったもん! 」「……遠慮します」ははは。思い当たることいっぱい……。
私の名前は遥夢子。旧姓白川夢子。
人々の営みを見守り、勇者を導く『真実の眼鏡』とは私の事だ。




