消え去りし聖女
なによ。これ。
誰かの記憶が私の中に流れてくる。
はっきりしない映像のぶれは涙の所為だ。
親友の名前を叫ぶこの身体は……女か? 二十歳かそこいらの娘さんだと思う。私より身が軽いし。
誰かに両手を掴まれ、打ち拉がれて泣いている。
明らかに少なからず暴力を振るわれているのに彼女の興味は視線の先にいる乙女のほうにある。
「どうしてよっ あの子がッ 私たちが何をしたとっ 」彼女の記憶の一端に触れる。
いつも彼女と彼女の親友の聖女は笑っていた。その微笑みが皆に伝わる事を祈り願いその未来を信じていた。
自由の翼を人々に貸し与え、未来を切り開くために。
この国の汚名を晴らし、皆が笑って過ごすために彼女たちは尽力したのに。
彼女の幼い親友の足元に薪が積まれていく。やめて。やめなさいッ?!
そう叫んだのは私だったのか、『彼女』だったのか。
少女は彼女に呟く。周りの狂演に関わらずその一言一句は心に響く。
「ずっと、友達ですよね」「当たり前でしょッ?! 」
彼女の目の前でのたうつ赤い松明は確かに人の形をしていた。
以来、この国に『聖女』と呼ばれる存在は生まれなくなった。
宗教的指導者である聖女を失った国はその罪の大きさを抱えたまま発展していく。
そして都合のよいことを願う。人々を救い導く聖女の再来を。
しかし神はそっぽをむき、聖女はいまだ現れず。
聖女を守るべき政府は聖女を不要として発展を遂げ、聖女を支えるべき神殿は以後、聖女の資質を持つ可能性のある女性を虐げていく。
彼女は自らの無力を嘆き、親友に許しを乞うた。
だがその親友はもういない。聖女はこの国から姿を消したのだ。




