残念男のプロポーズ(なわけがない。呪い殺すぞ)
「おはようございます」
あばら家には似合わない正装。胸には花。
ビシッと髪形を整え、歯を磨いた夫は堂々とモデル歩きをしながら半分開いて半分閉じた扉とはとても言いたくない入口から入り、家人に挨拶。
「あ。うん。おはよう」「あなた。この方はどなた? 」
一方の家人は方やズボンのひもが大昔に切れていてだらしない限り。
片方の女の人は年頃の娘がいるわりには若いとはいえ疲労が濃くて歳が判りにくい。
「私は遥と申します。妻を引き取りにきました」キリッ。
擬音さえ聞こえてくるほどカッコいい。でも夫である。残念無念な我が夫・遥大空である。
異臭漂うあばら家に貴族然とした美青年。
すらりとした長身に切れ長の眉。澄んだ黒い瞳。埃ひとつない靴。
どうみても別の目的に見える。
たとえば、貴族のボンボンが貧民の少女を妾にするためにやってきたとか。
「ぐ、ぐはあああっ! 持病がッ 」
案の定というかなんというか、
唐突にさっきまで元気にしていたマナちゃんのお父さんがうめきだす。
ついで彼に足を踏まれてお母さんもうめく。わざとらしく咳払い。
「う、うちはこの通り貧しい家でしてっ。我々は病に伏しており、娘の小さな稼ぎで生かしてもらっている始末ッ 」うっわ~。引くわ。
「ほう。それは大変だ」「そ、そうなんですッ うちの娘はあなたのような高貴な方とは釣り合わないのですっ 」マナちゃんのお父さんがお母さんの背を叩く。
当然、激しくせき込むお母さん。何をする。
「こ、この通り妻も肺をッ 」
ようするに、娘がほしければ金寄こせ。である。酷い親ですこと。
夫は軽く肩をすくめると、彼の背をポンと蹴った。
「な、なっ 病人に何をっ 」「治ったぞ」
肩をすくめて見せるその悪い癖。息子たちもまねするからやめろというのに。
「肩こりにアルコール過多、あとちょっと変な薬も食ってるな。養生しな」
治癒の力を使った夫は平然と告げた。きっと二人には理解不能なんだろうけど。
「え? あれ? 身体が軽い? 」「あら? なぜ? 私も体調が」
不思議そうにしているマナちゃんのお母さんに夫は小さな鏡を見せる。
ガラス鏡ってこの世界では貴重なのよね。たぶん見たことないと思う。
そこに移る女性は見違えるほどキレイになっている。夫の『勇者』の力の一端だが。
簡単に言うと荒れた肌にうるおいを与えて疲労回復してついでに汚れを取り去っただけだが。
「お、お、お前若返っているぞ」「あ、あなたも?! 」
はしゃぐ二人を尻目に、夫は私の置いてある寝台のそばに近づく。
「迎えにきましたよ。姫君」くんな。待たせすぎだ。
堂々と騎士のようにひざまずく夫。その先は当然私なのだが。
「え? え?? あ、あなたはどなたですかッ?! 」
寝起きにとんでもない美青年が膝まづいていたらそう誤解しても仕方ないわよねぇ。
寝ぼけ眼をこすり、乱れた髪を手櫛であわててこするマナちゃんに夫は呟いた。
「君。誰??? 」
夫は相変わらず。残念な子だ。
私の名前は旧姓白川夢子。
この残念な男、遥大空の妻にしてあらゆる知識と技を勇気あるものに授ける魔法の品。『真実の眼鏡』である。




