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私の夫は鼻先零ミリ  作者: 鴉野 兄貴
第二章 花咲く都の聖なる乙女

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花のバブルの乙女(※ ただし昔話)

 顔がイイというのはトクだと思う。

「夢子ちゃん可愛い! 」とかは幼少時代よく言われたが、

おそらく彼らが言う『可愛い』とは『子供にしか見えない』点に尽きると思う。

あと生来の近眼で、当時は子供が眼鏡をかけているのは珍しかったからフラフラフラフラ歩く癖が逆にかわいらしく見えたのかも知れない。

父よ。眼鏡を買い与えるのをもう少し早くしてくれたら私の人生は変わっていたと思う。


 具体的に言うと顔が認識できる距離に他人がいないのだ。

だから、学生時代に眼鏡を買い与えられ、人の顔がわかるようになって景色も生活も一変した。

絵の中にしかいないイケメンが街角に立っていたりする!

街角の広告が見える! 青空の雲がより鮮明に見える!

調子に乗って大学でも美術部などやっていた。

考えたらもう少し華のある部活に入ればよかったのだ。

顔がイイだけで問題児と付き合い、実家に勘当される羽目になることを考えれば。

というか。顔がイイだけの男と話すのは不愉快だと世の若い娘は知るべきである。いやマジで。



 本日の夫の行動を記す。

午前六時 酒呑みすぎで寝ている。

午後二時 安宿の二階で寝ている。

午後四時 便所に行きつつ、宿屋の娘にナンパ。


何 を や っ て い る 。


 「ソフィアちゃん今日も可愛いね」とか死ね。

大空に言わせれば「こみゅにけーしょん」だそうだが。

「モテモテの夫を持つ妻! かっこいいだろ! 」とか以前言われた。

マジで死んでいい。というか呪いをかけている。


午後五時 「今日は寝過してしまった」といって寝る。

午後六時 「夢子~愛しているぜ~」寝言を言っている。


 ちなみに夢の内容はここでは触れない。

とりあえず実際に起きたことではないが(そんなことされたら離婚する)、

夫にこういう願望があったのかと呆れる内容だと言っておこう。

取り敢えず二十年近くほとんど毎日サルみたいなのは慣れたというかもう諦めたが、道具はあり得ないと言っておく。ナニがとか聞くな。恥ずかしい。


午後八時 空き腹を抱えて起きだす。

午後九時 深夜まで酔っ払いドモと騒いでいる。

午前〇時 酔いつぶれた酔っ払いと朝までテーブルでほっぺた合わせて寝ている。

……色々とニンゲンとしてどうかと思うぞ。というか。猛烈に今離婚したい。

たまに「赤い眼鏡を知らないか」とか情報収集しているが、多くは酔っ払いのグダに沈んでいる夫。日々は過ぎていく。

というか、あんた女房を探す気あるの? 死ぬの?!

「オレンジ色の色眼鏡なんて珍しい品ですよねぇ」「そうなんだソフィアちゃん。宿屋の娘さんなら知らないかな」あ。


「あれですか? また奥さんが眼鏡にされて寂しいとか」ナンパならもう少しまともな冗談をやってくださいねと彼女は夫の好物をドンと置く。

「そうなんだよ~! 一か月探しているけどいないんだ~! 」頭を掻き毟る夫。

「見つかるとイイですねぇ」「うん」しょんぼりする夫。子供か。あんたは。

というか、一応心配してくれているのね。


 少し感心している私を尻目に酒場娘は余計なことを言い放った。

「教会通りの角の家のマナちゃんが知り合いのはぐれ魔導士様から頂いたってつけていたかも? 」

私は今、猛烈に夫と結婚したことを後悔している。

身体があれば逃げ出したいところであるが、生憎この身は『眼鏡』である。

「夢子! 今行くぞッ 」宿屋から飛び出した夫は宿代も払わずに。

教会を通り抜け、逆方向に走っていった。


 うん。あいつが残念なのは前から知っていた。

ただ、ちょっと泣かせてほしい。血も涙もないけど。

「あれ? レンズが曇っちゃった」マナちゃんが私をぼろ布で拭いてくれた。ありがとう。ほんとうにありがとう。

教会前を飛び出した夫はまっすぐ進み、城壁を飛び越え、山越え谷越え海越えて。

ばっしゃばっしゃと波をかきわけ、進む進む。いい加減止まれ。

「夢子ぉ~! 今行くぞッ 」とまれっちゅうに。


 ひとつわかったことがある。この世界は惑星だ。

図らずしも勇者の業績のひとつはこの世界がまるいことを証明したことである。余計な業績増やさんでいい。

「いやぁ。疲れた疲れた。ただいま~! 」

夫はそのまま世界を一周して宿に戻ってきて料理の香りにくんくん。犬か。

「今日のご飯は~!? 」「あ。ハルカナルさん。よかった。戻ってきて。無銭飲食かと兵士さんを呼ぶところでした」「あ。すいません」

しゅんとする夫。

「どこに行っていたのですか。妙に急いでいましたが」「世界は丸かった」

夫は真面目に応えたが、宿の娘は冗談と取った。

「変なことを言っていたら異端審問で火あぶりですよ」「本当なんだけどなぁ」

酒場娘がちょっと注意深ければ彼の体中から海の臭いがすることに気づいたはずだが。

「それよりごはんごは~ん! 」

チンチンと皿をたたく夫。その癖はやめろと昔注意したはずだ。

宿の娘はニコニコ笑いながら「先にお代を頂いてからです! 」と応えた。当然であろう。


 その後、夫はバカのように飲み食いして。

「夢子~! 愛しているぞ~! むにゃむにゃ」……寝ている。

私に自壊機能がないのが惜しい。実に惜しい。


 そんな中でもマナちゃんは相変わらずの活躍だ。

タダで助けてくれる名医がいるらしいと聞いた人たちが次々と押し寄せてきては、「タダじゃないのか! 」と八つ当たりしている。

せめて石だの草くらい取ってこい。さすがにそれはない。

そもそもこれだけ患者さんが来たら物資不足になるのは当然である。

「あの草はまだあるだろ」マナちゃんのお父さんが呟くが。

「来年取れなくなるんです」「来年くらいイイじゃないか。金をダッポリ取れば」「来年の生活はどうするの。お父さん」「なんとかなるさ」なるか。ボケ。お前はうちの夫か。


 ちなみにうちの夫は二日酔いだかなんかで寝ている。

勇者には毒も酒も病気も呪いも効かないはずなのだが。

呪いが効くなら私の呪いも効いているし。

翻してみれば『子供二人を残して異世界に勇者召喚されて魔王退治を強要される』呪いにかかれば私の呪いなど些細なものなのだろうけど。

けなげな少女は疲労の色を周囲には見せない。このままじゃ倒れちゃう。

「花の都には聖女というべき医者がいる」とか吹聴されつつあるらしい。

これ以上こられてもお薬がない。悩むところだ。

おーい。おーい。マナちゃん。セーブセーブ。たまには休みは必要よ。

「? 」ふと立ち止まり周囲をきょろきょろするマナちゃん。

「どなたかに呼ばれた気がしますが」私。私私。


「気のせいですよね」気のせいじゃないよ~! 貴女がつけている眼鏡だってば~!

彼女は私をそっと指先でつまむと机の上に置き、

寝台と呼ぶにはあまりにも粗末なものの上にパタンと倒れこむようにして眠りだした。

「ちょっとだけ……ちょっとだけ休みます」

穏やかな寝息を感じながら、この子にお節介を焼いてしまったなとか私は今更思い出していた。


 私の名前は『真実の眼鏡』

旧姓白川夢子。花のバブル時代女子高生だった。今ではただのオバサン。

そう言いたい魔法のメガネである。

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