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私の夫は鼻先零ミリ  作者: 鴉野 兄貴
野に咲く花のように

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15/48

オオゾラより夢の使途は舞い降りる

「ハルカナルさん。ただいまっ 」「お帰り。マヤちゃん」

なんだかんだ言って、この二人は上手い事やった。


 夫はその気になれば三日で荒野を立派な畑に出来る男である。

やりすぎてエルフの天罰を食らいかけたのは地道に痛い思い出だ。

加えて天然タラシとも言うべき性分だ。

明るく朗らかで何でも器用にこなすとくれば仕事がないと言うことはない。

その器用さを元の世界でも生かせッ 楽器なんて鳴らしてる場合じゃないだろっ

……仕事があろうが無かろうが、教育にはとくにかくにもお金がかかる。

朝日を医学部に通わせる学費を知った私は眩暈めまいを起こしたくらいだ。

まして、本一冊で家が買える世界で、貧農の娘を学者にするなんて。


 マヤちゃんは魔導士の弟子になり、

夫はあちこちで仕事を請け負って、コツコツお金を貯めては貸し本屋や神殿などに足しげく通い、

わたしを人間に戻す方法を探してくれるのはいいのだが。

「奥さんが眼鏡になったとか」

信じられないのは判る。私も信じられなかったし。

本を片手に惰眠を貪る夫を眺めながらため息をつくマヤちゃん。


「そんなにわたしのことが嫌いですか。

それともわたしを哀れんでいるのですか」


 肝心なところでいつもはぐらかされたり袖にされたり、

好きなのか嫌いなのか判らない態度を取られたら確かにそう思うわよねぇ。


 すっとわたしの身体が持ち上がる。

マヤちゃんがわたしを取り上げたのだ。


 石の床がわたしに迫る。

木靴がわたしを踏みつけた。何度も。何度も。


 何度も踏まれながら、

わたしは大空の悲しそうな笑みを思い出していた。

男はウソツキじゃない。マチガイをするだけだ。

当たり前のように妻以外に愛想を振りまき、

最後の一線だけで意地を張ってわたしに愛しているとか呟く。

ウソだと思う。素直になってもいいと思う。

どうせ今のわたしは道具に過ぎないのだ。


 わたしを踏みにじる脚の動きが止まった。

ひとしきり荒れたマヤちゃんはわたしを見下ろして呟く。

「割れない? 」うん。悲しいけどわたしは壊れないの。

勇者の瞳を守る『真実の眼鏡』は人間の力では殆ど破壊はムリだ。


 夫はぐーたら寝息を立てている。

その脇でマヤちゃんはムキになってわたしを壊そうとするが、それに至らない。

遂に彼女はぺたんと膝を床につけ、泣き笑いの笑みを浮かべるとわたしを拾い上げ、

夫の鼻先にゆっくりと戻した。


 ねぇ。おきてください。ハルカナルさん。

彼女は何事も無かったかのように料理の準備をする。

「今日は腕によりをかけてつくっちゃいました」

勤めて明るく振舞う彼女に気付かないフリをする夫。


 タヌキ寝入り。助けろ。声なき悪態を吐く私に。

「ごめんな」と夫の瞳が揺らぐ。

今日はお師匠様にこんな話を聞きました。

楽しそうに言葉をつむごうとする少女の手料理を掴む。

夫は本当は怒っている。彼女は本当は悲しんでいる。

わたしはそれがわかっている。

茶番だと思う。だが人間には大事なことなんだろう。

かつてのわたしたちもそうだった。


「ごめんな」


 夫はマヤちゃんにはっきりとわかる言葉で告げた。

「何のことですか」彼女はとぼけてみせた。


 勤めて明るい声を出す彼女。

「それより、ハルカナルさん。今日は海が一気に干上がって、貝やお魚が取り放題だって皆が喜んでいました」うん?

ハキハキと受け答えしながら笑うマヤちゃんは夫の腕をまた自分の胸に押し当てる。


「一緒に行きましょう」


 揺れる嫉妬と思慕とほのかな憎しみをこめた少女の視線と、

愛情とはっきりした拒絶を示す夫の瞳がわたしの間で交差した。

「ああ」夫は勤めて明るい笑みを浮かべたが、

心が読めなくても目は言葉より全てを語るものだ。

「準備しますねっ 」

楽しそうに振舞いながら手荷物をまとめだす彼女の背中を

夫は親愛の情と、わたしに乱暴した事実への怒りのこもった瞳を向ける。

この親子でも恋人でもないごっこ遊びは。続かない。

準備をそうそうと終えたマヤちゃんと、

夫・大空は知り合いになった街の人たちと挨拶を交し合い、

異臭を放つ肉の串に舌鼓を打ちながらのんびりと海辺に向かう。


 ごろごろと潮の引きから逃げ遅れて浜に投げ出された大きな船や小さな漁船。

周囲にはネズミ一匹いない中、街の人たちは争うように貝を取り、魚を取り、歓声を上げて一日を愉しんでいた。

海はいつもよりずっとずっと遠くに逃げてしまったかのよう。

「おかしいな。今日は引き潮の日だったっけ」「さぁ」

そういいながらも夫とマヤちゃんは先ほどのしこりを癒すかのように仲良く振る舞い、魚や貝、海草をとっていく。


 お楽しみのバカ夫。悪いけどそろそろ。

「うん? もうちょっと」逃げたほうがいいわよ。

私は周囲のデータを参照しながら夫にこれから起こる破壊を告げる。

「なにが? 」津波の兆候よ。コレ。この街は滅びます。なんてこった。


「おいっ! 津波だッ 津波が来るぞッ 高台に逃げろッ 」


 時には争いながら潮溜まりの中のお魚を奪い合い、貝を拾い海草をとっていた街の人は突然叫びだした夫に呆れている。

「ハルカナルさん。ナニを言っているのですか」

マヤちゃん。あなただけでも逃げたほうがいいわよ。

突如変なことを言い出した夫にやっと仲良くなりだしたはずの町の人の態度は冷淡だった。

「今まで津波なんて来た事なんか無いぜ」嘲り笑いを浮かべるものまで出る始末。


「本当なんだってッ 」夫の身体に石が投げつけられる。

今の夫。大空には石など効かない。逆に砕けるくらいだ。

それでも、夫は傷ついた。こころが傷ついた。


「マヤ。お前だけでも逃げろ」「ハルカナルさんはウソツキですし」


 親子ごっこは続かないものよね。わかるわ。

わたしもそんな態度を娘の頃に取られたらそう思っただろうし。

必死で逃げるように促す夫を無視して、お魚とりに向かう人々。

夫をなだめようとするマヤちゃんと夫ははじめて口論になった。


 それは日々の態度、夫の肝心なところで袖にするところ。

自分のことが本当にすきなのかと言う話題にまでそれていく。

笑っちゃうけど、眼鏡になる前のいつもの私だ。


 夫はそんなマヤちゃんの訴えにいちいち真面目に回答して火に油を注ぐ。

「マヤ。お前だけでも逃げろ」「はぐらかす気ですね。卑怯です」

口論する二人の耳に異常が伝わったのは、

もう決定的な時間になってからだった。


「音がしない」「ですね」


 呆然とする夫とマヤちゃん。街の人の視線の先に。

白い。白い壁が迫ってくる。

「本当に。津波……?! 」「逃げろッ 」

逃げ切れるわけ無いじゃない。津波は早い。

そして全てを飲み込み砕き、燃やして奪い取る。

親切な大空が警告してあげたでしょ。


 必死で逃げようとする人々を尻目に、

夫はにこやかに微笑むと白い壁に向かって叫んだ。

「乗るしかないッ このビックウェーブにッ!!!! 」え?

夫は適当な板切れを引っつかむと、津波に向かって走っていく。

マヤちゃんは夫になにか言おうとして対応が遅れたらしく、呆然と立っている。


 あの。ばか夫。これはいつもお前が挑んでは転んでいる波じゃない。

ましてやサーフボードなんてなんの役にもたたないぞ。

「波乗りの意地をみよっ!!!!! 」ダメだ。聞いてない。


 バカ夫は小さな板切れを手に、巨大な津波に挑んでいく。

津波を前に絶望と混乱、混沌と悲鳴に包まれた街は。人々はこの日。

奇跡を見た。

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