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私の夫は鼻先零ミリ  作者: 鴉野 兄貴
野に咲く花のように

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旅は楽しいですか

「綿毛が飛んでいきます」


 キラキラした瞳を青い空に向ける少女の視線を追って、

夫の視線は私越しに光と白い雲に解けていく綿毛を追う。


「街までもう少しだな」「私、やっぱり売られるんですか」

「そんなことしない」「ですよねっ! 」

指先一本必要以上触れず、気遣いを絶やさない夫。

早くも懐きだした少女には悪いのだが、私たちは早く魔王を討たないと元の世界に戻れないのよねぇ。


 ああ。朝日はちゃんとご飯食べれているのかしら。

蓄えは少ない夫の給料からコツコツ貯めていたけど。

未来は思いつめたり、また苛められたりしないだろうか。


「ゆうしゃ様。ずっと一緒でいいですか」「ダメ。僕は魔王を倒さないとだめだからね」

夫の言葉を少女は冗談と取ったらしい。

「あははっ! 魔王なんて聞いたこともないですよ! おばあちゃんたちの昔話には出ますけどッ 」それ、私達知らないかも。


 少女は年齢不相応に大きな胸を張ると、私たちの前に躍り出て走る。

「お、おい。まってよ」夫の視線が彼女の白い足に。


 跳ねる脚の持ち主は走りながら呟く。

「むかしむかし、美しいエルフの娘が仲間たちと共に『滅び』に戦いを挑みました。

『滅び』は消えましたが自らが『滅び』となってしまった娘は、

愛する世界を滅ぼさないために永遠に旅をすることを決心しました……という伝説ですッ 」悲しいお話ね。

「魔王に付き従うは黒き髪に緑の瞳の勇者。浄化の水の剣と斬魔の剣を使いこなす」

「魔王が愛した人は白い髪に悲しき瞳の青年。幸福を支える勇気の人」

少女が歌う伝説は簡潔かんけつで判り易かった。

「あの光り輝く『輪』は魔王が産まれた日よりあるそうですよ」ふうん。

 彼女の視線が空に向かう。

土星の輪を思わせる輪は昼間でもはっきり見えてまるで空に架ける橋だ。


「でも、それだと魔王は救世主じゃないの? 」「御伽噺だと魔王はちょっとマヌケで人を困らして、それでいて悪い人になっていますね」

よくわからないわよねぇ。疑問を写す夫の瞳が私越しにマヤちゃんに注がれる。


「えへへっ! 物知りでしょ! 」「うん。すごい」

「冬はやることがないから、いっぱいいっぱいお爺ちゃんやお婆ちゃんたちがお話してくれるんですッ! 」

明るい声で少女は私越しに夫を熱く見ていたが、急に視線をそらす。

「何人かは、飢え死にしたり凍死しますけど」

「あの『小屋』に何人かが連れて行かれたり、奴隷商人がきたり」

「領主様が来たら、もっと酷いことになることもあります。

戯れにお城に連れて行かれた男の人も女の人も帰ってきません」

「そっか」

少女の頭を撫でながら、夫の瞳は揺れる。悲しみと静かな怒りをこめて。


「夢はあるかい? 」

「寝るとたまに。でもおきると『あ。凍死せずにすんだ』って思うのです」

「じゃ、君の夢を見つける旅を続けようか」「寝ると見ます。嫌なことばかり」

夫は彼女を抱きかかえて呟いた。

「素敵な夢が見れる。そんな未来を見つける旅さ」


 夢あふれる大空の元、

私たちは魔王の首を求めて歩く。


 私は旧姓。白川夢子。

勇者の瞳を守り、力を与える『真実の眼鏡』とは私のことである。

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