第80話 クリフレッドは決断する
「クリフレッド。空を見上げよ」
今よりずっと昔。
まだ四害王と呼ばれる前のクリフレッドは、夜空を老人と共に見上げていた。
人間のフリをして、人間の世界に溶け込むのを楽しむ、まだまだ精神的に子供の頃の話だ。
そんなことをしている時に、とある老人の家で生活をすることとなった。
戦争で家族を失った寂しい人物。
だが、心は誰よりも気高く、人間だというのに尊敬できる人。
最初は馬鹿にして遊んでいただけであったが、いつしかクリフレッドは、この老人に尊敬の念と親愛を込めて接するようになっていた。
彼の話すことがとても面白く感じ、クリフレッドは真剣に聴き、真剣に聴くクリフレッドを見て彼もまた、真剣に話す。
「星は何があろうともズレが生じることはない。必ず決まった場所で輝くものなのだ。それと同じで、この世界も何一つズレがない、完全な場所なのだ。ワシがここで命を煌めかせ、お前も隣で輝きを放つ」
「…………」
「ワシが人間で、お前が魔族で……それで完全なのだ」
「!! 爺さん……」
老人は、クリフレッドの正体に気づいていた。
だが、それを分かったうえで、クリフレッドを招き入れていたのだ。
「見えない力、というものがこの世にはある。それは人間や魔族などでは計り知れぬ、まさに神の御業という他あるまい。自然こそが世界の正しい姿。人間がいて魔族がいて。それでいいのだ。力があるからと言って、無駄に奪う必要もない。ただ生きているだけでいいのだ。結果的に地位を手に入れることはあろうが、何も望むことなく、ただ世界の流れに身を任せて生きて行く。お前がここにいるのも自然な流れなのだ」
「自然の流れ……」
「ああ。だから、これでいいんだ。クリフレッド、お前が隣にいる。それ以外は何も望まん。これこそが、ワシにとって一番の幸せなのだ」
老人はその後、数日後に息を引き取った。
だが、その死に顔は人生に悔いはないような、本当に穏やかそのものであった……
◇◇◇◇◇◇◇
「クリフレッド……人間が、ソルバーン荒地に攻めて来たぞ」
「……ああ」
ヴァンダイン城の玉座につきながら、クリフレッドはライオレッタの怒気を含む声を聞いていた。
ブラットニーもツヴァイクもクリフレッドの説得へとこの場へ足を運んでいる。
「お前が無理に攻めるのを嫌がっていたとしても、向こうは攻めて来るんだぜ? その上ブラットニーを倒した何とかって奴が現れて、みんな荒ぶってんだよ。危険を感じてんだよ。もうやるしかねえって、躍起になってんだよ! これでもまだ眠たいこと言うつもりかよ、お前は」
「…………」
クリフレッドは目を瞑り、思案する。
無駄に奪う必要はない。
だけど……抵抗しないままやられるのは、それはそれで違う。
ここで打って出るのも、自然な流れなのだろうか。
老人の言葉は、クリフレッドに多大な影響を与えていた。
自然こそが世界の正しい姿。
その信念があるからこそ、無駄に奪うことを嫌う。
人間を滅ぼすのも、人間を屈服させるのも自然なことではない。
しかし、向こうが攻めてくるというのでは話は別だ。
これもまた、自然な流れなのであろう。
自分はいつも通り、自然に身を任せるのみ。
奪うための闘いは好まないが、何かを守るための闘いならばいたしかたあるまい。
それに、もう同胞たちを抑え続けることは不可能だ。
皆、俺のことを無視して人間たちと争うつもりでいる。
今はこの流れのままに事を運ぶことが自然なのだ。
「同胞の安全のためだ……人間と戦うぞ」
「よっしゃ!!」
ライオレッタは拳を握り、歓喜の声を上げる。
ブラットニーとツヴァイクは顔色を一つも変えず、しかし内心喜びに震えていた。
ツヴァイクは人間との決着をつけれることに。
ライオレッタは単純に戦えることと、そしてクリフレッドのために戦えることに喜んでいた。
「クリフレッ、ド」
「……なんだい?」
「俺が、お前を世界の王にす、る」
「…………」
そんなものは望んではいないが……
だが、もし見えない力が俺を世界の王に導くというのならば、俺は世界を統べよう。
それが、自然な流れなのならば。
「人間たちの戦力は?」
「ハッキリとしたことは分からねえが……レイナークとマーフィン、それにローランドってところに戦力が集中してるみたいだぜ」
「なるほど……」
クリフレッドはこくりと頷き、すぐさまに決断を下す。
「俺がソルバーン荒地からレイナークへと向かおう。みんなは外側から迂回して、マーフィンとローランドを頼む」
「よっしゃぁああ!! 腕が鳴るぜ……派手に行くぞ!」
「ライオレッタは戦いたいだけだったんじゃないか?」
「バッカ! んなわけねえだろ。戦いは好きだけどよ……お前のためでもあるんだよ」
「俺のため?」
ライオレッタはブラットニーの肩に腕を回し、ニヤリと笑う。
そしてさも当然のように、言った。
「オレらはお前に天下を取らせたいんだよ!」
「そういうこ、と」
クリフレッドは苦笑いし、この二人も、あまり魔族らしからぬ考えをしているように思える。
普通は自分のためだけを考えるのが魔族の常なのだが……
俺のことを想い、俺のために戦おうとしてくれているのだ。
それが少し寂しくて、嬉しくて……
「よっし、行くぞ! 戦いだ! 戦争だ! 喧嘩だ!」
大声で叫ぶライオレッタに続き、ブラットニーたちはヴァンダイン城から出陣していく。
クリフレッドは、バルコニーから天を仰ぎ、静かに星の輝きを見つめ続けていた。
今年最後の投稿になります。
いつも読んでいただきまして、感謝です!
来年は皆さんにとっても良い年でありますように。




