第70話 ザイは命を狙われる
アルがブラットニーに勝利したという噂はたちまち広がり、ローランドはもちろんのこと、レイナークでも大騒ぎになっていた。
「アルさんはすごいすごいと思っていたけど、まさか四害王に勝ってしまうとは……」
「そんな人が私たちの町にいてくれるなんて、本当に奇跡みたいだわ!」
そしてマーフィンでもその噂で持ちきりとなっていた。
当然、アルの話はゴルゴの耳にも入る。
豪勢な自室で、唖然としているゴルゴ。
まさか、ブラットニーが負けるとは……
俺の知っているアルベルトじゃない。
最近は力に自信があるような態度を見せてはいたが……
これほどとは思いもよらなかった。
「大将」
殺し屋のような目つきの商人がゴルゴにひっそりと話しかける。
「……売り上げが、また下がった?」
コクンと頷く商人。
マーフィンの市場は完全にチェルネス商会の独壇場となっていた。
このままいけば、ガイゼル商店は潰れるまではいかなくとも、縮小の一途を辿ることになるだろう。
そんなの許せるわけがない。
だが現実問題として、そういう未来以外は訪れることはないだろう。
そう考えたゴルゴは、狂ったような笑い声を上げながら商人に言う。
「……もうどうなってもいい。せめて最後に、チェルネス商会をぶっ壊してこい」
「…………」
商人は何も口にはせず、素直に従うように首肯する。
血走った目つきで男を見送るゴルゴ。
この地位を維持できないというのなら全部メチャクチャにしてやる。
そしてゴルゴは命令を下すと同時に、ブラットニーたち魔族のいる『魔界』と呼ばれる場所へ逃げることを決意し、身支度をそそくさと始めるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇
仕事が終わり、夜のマーフィンでザイは心地よい疲労感に笑みを浮かべ、月を見上げていた。
アルさんと一緒なら、月までだって行けそうな気がする。
そんな風に考えて、しかしバカみたいな考えだとふっと笑う。
「?」
その時、路地裏から人の気配を感じとるザイ。
誰かいる。
確実にいる。
それも普通の人間じゃない……静かな殺意を放つ、この世ならざる者のような気配を感じる。
ザイはローズらの訓練を受け、ある程度の実力を持つ人物だ。
しかし、手練れの冒険者たちと比べると弱い部類に入るぐらい。
多分、自分では勝てない相手。
そう考えたザイは、速足で商店の中へと逃げ込んだ。
路地裏から出て来たのは、全身黒ずくめの二人の男。
短剣を右手に構えながら、無音でザイの店へと近づいて行く。
ザイが二人に気づけたのは、察知能力に長けていたからだ。
もしもの時のためにと、アルの指示でその能力を伸ばしていた。
真っ暗な路地から明るい商店へと足を踏み入れる男たち。
だが、そこは商品が大量に並べられているいるだけで、ザイの姿は見当たらない。
奥から逃げたのであろうか。
男たちはやはり音を立てずに店の奥へと入って行く。
店の奥は倉庫になっていて、さらに一番左奥に外へと続く扉が備え付けられていた。
扉は半開きになっていて、誰かが出て行った気配がある。
ザイを追いかける男二人。
だが以外にも、ザイは扉を抜けたすぐそこで立ち止まっていた。
「…………」
「…………」
無言で睨み合うザイと男たち。
だがその睨み合いは5秒と続かなかった。
ザイを仕留めるために、二人は動き出す。
短剣を腰辺りに構え、プロの動きで接近していく。
だが、
「てめえら! 俺らの町を襲った連中の仲間だろ! ああっ!?」
突如、横から出て来た全身鎧姿の男。
その男は盾で左手の男の頭を殴りつける。
一撃で意識を失った男は、その場にパタンと倒れ込む。
「!!」
サッと鎧の男と距離を取る黒ずくめの男。
鎧姿の男は――ボランであった。
その背後にはデイジーがいる。
「ようやく尻尾を出しやがったな、コラッ! この時をずっと待ってたんだぞこっちはよ!」
デイジーはボランの怒声にビクビクしながらも黒ずくめの男から視線を外さないでいる。
「俺たちの町を燃やしたのはゴルゴの手下。アルさんの言った通りだったな」
「…………」
男は短剣を構え、ボランに突進を仕掛ける。
「お前らにいいようにされたあの頃の俺だと思ってんじゃねえ! 俺は日々進化してんだよ、ああっ!?」
巨大な盾と左手を繋ぐ光の鎖が現れ、盾を相手に投げつけるボラン。
猛スピードで飛翔する盾に反応できず、黒ずくめの男は頭部に直撃を喰らう。
光のチェーンが収束していき、盾がボランの左手へと戻って来る。
「ウ、【ウォーターバインド】!」
デイジーの持つロッドから、水の縄が飛び出て二人の男をぐるぐる巻きにしてしまう。
「洗いざらい喋ってもらう……なんてことは言わない。お前らがゴルゴの手下だと分かればそれでいい」
男の顔を覆うマスクを剥がすザイ。
そして男の顔を見て、ニヤリと笑う。
「おいコラ! 当たりか? 外れか? どっちなんだよ!?」
「そうだな……大当たりってところだ」
マスクを剥がされたその素顔は、ゴルゴといつも一緒にいた商人の男であった。
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